黎明の子

なんとか動きにくい手を動かして眠ってしまいそうなのを耐えて制服をはがす。
脱ぐというよりは本当にはがす作業だった、血糊で固くなった布が肌に張り付いていて服の機能を殆どはたしていなかった。なんてこったこんな格好でさっきまでいたのかと思ったが羞恥よりも気だるさのほうが勝った。
ぽろぽろと乾いた黒い血が白いベッドの上に落ちる。やっと上の服を脱いで己に巻き付く尻尾に目を落とす。なんとなしに向けられた目だったがくるりと腰から腹にかけて二周ほど巻き付いているそれは、やはりというか血で毛先が固まっていた。借りた服を手に取り、広げればワンピースタイプのものだったらしい。それに上に羽織るような厚手の上着。もしこれを脱がされそうになったら全力で抵抗してやろうと決意したがなよなよしたパンチが出るくらいだろうからそうならないことを祈るしかない。

カーテンの向こうから声が聞こえるが聞き取れるものでもなかったので早々に諦めてスカートから足を抜く。靴下は早々に脱がされたのだろう、包帯が巻いてあってそこだけ少し熱っぽかった。
ワンピースならそこまで尻尾の事を気にしなくても良さそうだと安堵しながら頭からそれを被る。すっぽりと体を覆う布にホッとする。両手をもごもごと出してみれば少しだけ肩幅が合わないことに気が付く。肩からずり落ちてしまいそうだが上にもう一枚着れば問題ないだろうとそれにも手を通す。

洗剤の匂いが優しくて、布が柔らかい。いかに自分の制服が酷い状況だったかを理解する。
着替え終わってどっと疲れたのを感じたが気を抜いてはいけないとグッと歯を食いしばる。疲れた、まだ寒い、体が鉄臭い。
左手の甲で顔を擦れば血のような土のような汚れが手に移った。手首に巻かれた包帯から薬品の匂いが鼻をついて、張られていたテープの様子からまだ処置されて間もないことを推理するがはたして合っているのかは定かではない。
着替え終わったと、教えた方がいいんだろうか。そんなことをボンヤリ考えてカーテンの向こうを透かすように見つめる。残念ながら光の加減からか人影も見えないが声は聞こえる、少し遠いが聞こえる声に小声で話している訳ではないのだろう、聞き取れない言語が明確に聞こえる。

あぁ、そうだ刀。結局返ってきていない。
それに思いいたると底知れぬ恐怖、不安感が一気に押し寄せる。
父との繋がりだと、そんな風に勝手に思っていた。

悪魔の血を強く引く兄と違って封印の力が弱かったせいか、私は生まれつき悪魔が見えていた。苦労も多かったが父がいた、兄がいた。私と同じように生まれながらに悪魔の見える質だったもう一人の兄など、怖がりで泣き虫なくせに私の為を思って半泣きになりながらも手を引っ張ってくれていたのを今でも覚えている。
そしてある日、父がすべてを話してくれた。私が悪魔の、それも魔神の血を引いていて双子だった兄二人とは腹違いの兄弟なのだと。双子の兄の片方はその力を継ぎ、力を封じて普通の人間として生きていなければならないのだと。普通、といっても今覚えば確かに恐ろしく力が強くやんちゃというには度が過ぎていたのだが。
もう片方の兄は力は全く継がなかったものの生まれたその時に兄から傷を受けて悪魔の見える人間になってしまったのだと。
そうして私も、その魔神の力を継いでしまっているのだということ。

その頃、初めてあの刀を見せてもらったのだ。
当時の感想としてはただ、かっこいいだとかそんなものだったと思う。
これは抜くな、これにお前の悪魔の心臓が封じられている、一度でもこの紐を解けばお前は悪魔になってしまうのだとそんなことを教えられてやっと、不気味だと感じた。
きちんと理解はできなかったのははじめだけで、エクソシズムを兄と学んでいく過程で段々と理解していった。私の封印が解けたその時、きっとこの人たちに殺されてしまうんだろうと漠然と思った。私が悪魔になったら、きっと父も兄も私にあの武器を向ける。それでもいいと思った。私が彼らを傷つける方がずっと怖かった。それよりはいいと思えた。

こんなとんでもない存在を抱えて隠して、それでも父は私に身を護る術を教えてくれたし、兄も私を疎んだりしなかった。
それも、あの日からすべて変わっていったけれど。
あの日から私の背中にずっとある刀、父の最後の時に受け取った形見。

そうして解いてしまった戒め。
前よりとがった耳に犬歯、尾てい骨あたりから生えてきた尻尾、尋常じゃない傷の治りの早さ。今は少し遅いがこの手足の傷もすぐに消えてなくなるだろう。
そういえば、兄は私がこんな体になっても傷をつくろうものなら鬼の形相で、わざと痛みを伴うように包帯をきつく巻いてくれた。すぐに治ってしまうのに、それでも女の子なんだからと険しい顔で手当てをしてくれるのだ。手首に巻き付いている包帯が慣れ親しんだきつさじゃなくて、すこし寂しい。

なんでこんなにも懐かしく感じてしまうんだろう、遠く感じてしまうんだろう。
カーテンの向こうから控えめに声をかけられてハッとする、いけない、ぼーっとしていた。
少しだけカーテンが揺れて、それでも開かない。英語だからやっぱり分からないがこちらから開ければいいだろうと体を動かして布と布の間に近づく。ゆっくりとそれを引っ張り少しだけ緊張しながらそこを覗き込むように顔をのぞかせる。

思った以上に近くに黒い人影があって驚いてしまったのはここだけの話だ。



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投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428