黎明の子

「いやぁそれにしてもよかったさ、目が覚めて」


ジジイにも教えてやらないと、といつも通りに明るく振る舞う彼だったがその目はジッと螢という少女を捉えて離さない。彼なりに思うところがあるのだろう、先ほど彼女の話をしている時もどこか普段の彼とは、ブックマンの彼としてはらしくないものだった。
それにしてもと頭の中で様々なことを考える。リナリーの事に関しても彼女が地下牢に入れられた過程に関しても。まるで図られたようにこんなことになってしまったが、公に調査などできるはずもない。そんなことをすれば内密にしている彼女の事だけではなく、内部に裏切り者がいるかもしれないという疑惑が噂として流れてしまう。士気にかかわるようなことは今はしたくなかった。
中央府、そこに連れていかれる前になんとかしなければという思いが強くなる。初めはもみ消すなんてリナリーたちの手前言っていたが、勿論できればそのつもりだった。できれば、だった。それには彼女の協力が必要、それがこんなふうに満身創痍になってしまえばそれも難しいだろうしこんな状態で中央になど連れていってしまえばどうなってしまうかわからない。
本格的にどうにかしなければならないなと悩みながらもその活路が見出せそうにない。いや見つけなければと考え直す。

点滴を大人しく受けてはいるが落ちそうになる瞼を決して閉じようとはしない。
そんな彼女を中央に連れていってしまえば。
これで顔だけでも拭いてね、とタオルを渡したナースに、その動作から伝わったのか頭を下げる少女。リナリーよりも幼いその子がこんな風に虐げられたのにそれでもこうやって感謝の意を示す。アレン君にもたどたどしいものだったが英語でありがとうと言った彼女に驚かなかったわけではない。


「…お、あれ、結構かわいいさ」


顔についていた汚れを落とした彼女にラビが思わずといった具合に声を零した。俯き加減で長い睫毛が影を作っていてその睫毛が囲っている瞳は深い海の色だ。眼の下にある泣きぼくろが彼女の幼い印象を緩和させているようだった。調子のいいことを言って少し鼻の下を伸ばしているラビにはリナリーの踵が綺麗にその足に落とされたようだ。
あまり問いかけるものよくないだろうと名前しか聞かなかったがここにいれば聞きたいことが増えてしまいそうで、思わず問いかけてしまいそうでそろそろ戻ってやるべきことをした方がいいなと見切りをつける。こんなことがあったのだ、例え公に調べられないとはいえ少数でならそれは可能だ。化学班の面子には申し訳ないが仕事を増やさせてもらおう。
それにあまりここにいてもそれこそ彼女の気を擦り減らせてしまうだろう。


「それじゃあ僕は戻るよ」


脳内で考えていたことをそのまま口にすればドクターはさっさと行けとばかりの顔で見送る体制になり、若いエクソシスト三人組は揃って困ったような表情になった。それに笑ってしまいそうになりながらもその心境を察する、というより顔に書いてある。
君たちはいてあげてね、といえば迷うような顔をしたりホッとしたような顔になったりと忙しかったが腰を上げることはしなかったあたりもう少しここにいるつもりなのだろう。

それを微笑ましく思いながら医務室を出る、途端、表情が抜け落ちたのを感じた。
あんな細い手首に足首に、地下牢にあった鎖を巻いていたのだそうだ。
太く錆びた鎖はその弱い肌には凶器であんな傷を付けさせてしまった、こんなのを望んでなどいない、誰も。

まったく笑えない、こんな状況。
これからの仕事はエクソシストのものではない、僕の仕事だ。どうにか状況を打破してみせるとぱたんと閉じた扉の向こう側に思った。



 - return - 

投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428