星たちの群れの中
もやもやと、言い知れぬ不快感に似たものが感情に張り付いてしまっているようで、朝早くに目が覚めて部屋で鍛錬を行っている時も集中はできていたが、それを終えてみれば普段よりもほんのりと気だるさが大きい気がした。朝食までは少し時間が早いが一人でいると妙に考えてしまいそうでサッとシャワーを浴びてすぐにでも向かってしまおうと支度を始める。教団にも大浴場はあるがこんな成りではそこを使用することは渋られるため一度もそこを利用したことはなかった。
捻ったバルブが軋んだ音を出し冷たい水が降ってくる、頭から被ったそれに火照った体が落ち着かされるようだ。
少し前の任務でついた傷跡がわき腹と生身の腕に薄らと走っているが、これももう消えてなくなるだろう。痛みはもう無い。
水だったそれが段々と温度を持ち始めて次第に狭いシャワー室の中に蒸気が漂う。
どうにかしたいと、思ったのだ。
僕らが作ってしまった隔たりを僕らが壊さなければと決心したのに、それを行動に出来ない。こういうことは得意な方だと自負していたが、そうではなかったのだろうか。
顔に張り付く髪を投げやりに払って壁に手をつく。異形の腕はタイル張りの壁にはどうあっても浮いてしまって、いつも通りに不気味な色だ。
水滴が這うようにその手を流れて、落ちる。赤黒い腕の色がうつってしまったかのような錯覚を覚えたがそれでも腕から解放された時には当たり前の様に透明のままだ。透明なそれは、自分のこんな腕で触れてもなお穢れないでいてくれる、それにホッとしてしまう自分が情けない。
どうしてか螢に、笑顔を向けられないのだ。その原因にすこしでも思い至れればよかったのだが、全くというほどそれがない。自分でこんなにも自分が分からないことがあっていいのかと思わず項垂れてしまう。容赦なく降り注いでくるシャワーがどこか責めてくるようで思わず唸ってしまい狭く湿度の高いシャワー室にその声が反響した。
もやもやとしたまま体を拭き、もやもやとしたまま軽装を纏う。鍛錬の時集中できてそのことを頭から追い出していた分、つけが回ってきたようにそのことばかりが頭を支配する。
時計を確認すれば随分長いことシャワーを浴びていたことに気が付き、朝食に向かおうとタイをしめる。そういえばそのためにシャワーを浴びたのだったと思い出し、苦笑してしまう。
シャワーでも浴びれば少しくらい思考もサッパリするかと思ったのだがそうはいかなかったらしい。
この後食堂に向かうのになぜか迷ってしまい結局普段よりも遅い時間にたどり着いたのはここだけの話だ。
「ようアレン、おはようさん」
「おはようございますリーバー班長」
大きな欠伸と共に挨拶をくれた彼の目元は相変わらず暗い隈が居座っていた。昨日よりは幾分薄くなっているようには見えるがそれでもくっきりと主張している。それにこんな時間に起きてきているということはまた仕事だろうか。注文した朝食を持って彼の正面に座れば、またすごい量だなと苦笑を貰った。気にせずいただきます、と手を合わせて黙々と食べ始めればやはり少し時間が遅かったせいか空腹が普段よりも大きく、普段以上においしく感じられた。
流石ジェリーさんだと内心思いながらも黙々とそれを口に放り込んでいたとき、後ろから名を呼ばれた気がして振り向けばプレートを手にしたラビがこちらに向かってきているのがわかった。
おはようさーと気の抜けた挨拶を頂いたので、口に含んでいたパンをゴクリと飲み込んでおはようございますと返すが手は止まらない、言い終わる前に無意識に掴んでいたらしいハンバーグにかぶりついてしまっていてごにょごにょとした挨拶をしてしまった。
「行儀わるいさ…」
「ううはいれす」
食いながら喋んな!といいながら積み上げられていた食器を器用に片手である程度避けて僕の隣の席に腰を下ろしたラビは向かいに座っていたリーバーさんにも挨拶をし、自分の食事を始めた。いっただきまーす、と緩く言いながらフォークを付け合わせのサラダに突き刺して、しかしそれを口には運ばず反対の腕でテーブルに肘をついたラビに耳を傾けた。
「なぁリーバー、ユウっていつ戻ってくるんさ?」
しかし話題がどうにも自分の好きではない名詞を含んでいた為に興味がそがれるのが分かった。会うたび会うたび舌打ちをされているこちらの身にもなってほしいものだあのパッツン侍。
パンプキンスープをスプーンを使わずにぐびぐびと飲み込めばほろ甘いそれが喉を流れて温い温度が経過していくが感じられる。
「任務事態はハズレだったと現地のファインダーから連絡が今朝きてとんぼ返りしてもらうことにはなってんだがな…それが上手いこと行くときに特急に乗っちまったらしく…」
そんな不確定な任務に彼が出向いていたということも少し驚いたが、そういえばたまたま連絡がきたところに神田が任務をかっぱらっていったんだったと思い出し自業自得すぎて笑いそうになってしまった。恐らくそんなことを棚に上げて何もせずに戻ってきている彼は怒り心頭なんだろうが。
また飛び乗り乗車だろうなぁと唇についたパンプキンスープを拭いながら聞いていたがリーバーさんの心底参ったような顔に首を傾げる。
「それがな…今回の任務先がアルメニアのエレバンっつー場所でな…」
「…あぁ…なんとなく察したさ」
随分遠くに逃げたなーユウの奴、とラビが続けたのでその場所がここから遠く、そして特急にうまく乗れたという言葉から中々に田舎なのかと予想を立てる。だとしたらここに戻ってくるのに時間がかかるかもしれない。
「3日はかかるだろうな…幸いエレバンに付く前にファインダーが連絡くれてよかったよ」
どうせなら応援よこす前にはっきり連絡くれりゃよかったんだけどな…まぁ距離が距離だしな…とぼやく様にコーヒーを飲みながらいうリーバーさんに納得したように苦笑するラビ。エレバンか、おいしいものはあるだろうかと食事の最後の一口を口に入れ、ふぅとため息をつく。
余談だがコーヒーの様に見えていたのはコーラだったらしく、リーバーさん自身はコーヒーを飲まないそうだ。
「ご馳走様でした」
「ってはや!あの量もう食ったんか!?」
「ラビが喋りながら食事するからじゃないですか」
「…お前にだけは言われたくないさ…」
その言葉にムッとしてナプキンで口を拭きながらじっと見つめれば正面から苦笑した声が漏れた。見ればリーバーさんがカップを持って立ち上がりながら笑っていた。その笑顔は疲れが滲んでいる様に見えて、化学班は本当に大変だなと改めて思う。
「そういやリナリーが“あの子”のとこに朝飯もってったぞ」
行くなら仲良くしてろよー、任務があれば呼ぶだろうから。
ひらひらと手を振りながらそう言って席を離れて行くリーバーさんに、ラビと二人で目を合わせて。
結局ラビが食べ終わるまで待ってしまっている自分がいた。
投稿日:2017/0428
更新日:2017/0428