星たちの群れの中

「おっはよーさ!」


「おはようございます」


「二人とも、おはよう」


医務室に入れば、昨日と同じようにベッドを起こした場所に腰掛けている螢と、その横の椅子に座っていたリナリーが目に入った。二人で食事をしたのか、サイドテーブルには二人分の食器。そんなことなら俺もここで食えばよかったと思ったがその考えに至らなかった自分が悪いので口にはしない。
こちらに律儀にも小さく頭を下げている螢にももう一度おはようと言えば、少し躊躇ってから小声で“おはよう”と返してくれた。

それにしても、とその顔をジッと見つめる。
昨日よりも顔色が悪い、しかも目の下に薄らとだが隈が出来ている。肌が白いため余計に目立って見えるその隈だが恐らく俺くらいしか気が付かないような変化ではあった。
俺の眼だからこそ気が付ける、些細な、俺からすれば大きな変化。なぜだろうかと考えるも、精神的な疲労感だろうかというそんな曖昧で、でも悲しい予測しかたてられない。
そんな俺の視線に気が付いたのか、それともただジッと見過ぎていた為か、螢の目がふとこちらに向く。
碧くて、深い色だ。
ニッと笑って見せたのだが、残念ながらそれに対して笑顔が返ってくることはなかった。
まぁ、当たり前のことだ。それを紛らわすように口を開く。


「そういや螢っていくつなんさ?」


へ?と首を傾げたのはリナリーで、それでも同じように気になったのかそういえば知らないわね、と口元に手をやる。
わかるかしら、とゆっくりと歳を尋ねるリナリーはなんだか少し楽しそうに見えて笑ってしまいそうになる。きっと歳の近いだろう女の子と関わることのなかった彼女だから、こんな状況でもそれが嬉しくてしょうがないんだろう。
そんな心境が簡単にわかってしまって、微笑ましくも思うも同時に大丈夫だろうかと思った。
リナリーはきっと、螢にエクソシストになってほしいのだと思う。ヴァチカンが出張ってきてしまっているのもきっと要因なのだろうが、螢はきっと仲間になるのだろうと、どこかで思っている。
それは、螢にとっては確かに良い道なんだと思う。ここの最深部に表れヘブラスカがイノセンスかもしれないなどと言ってしまったのだ。どちらにしろここからは逃げられない。それをリナリーもわかっているから、だったらと、そんな期待を持っている。

しかしリナリーは本当に分かっているのだろうか、螢を戦争に送り出して、リナリー自身がそれに耐えられなくなるという可能性があるのを。


「やっぱり無理ですかね…」


そうして、アレンも。
もしかしたら、アレンはその可能性にもう気が付いているのかもしれない。だからかなのか分からないが、螢と向き合うとどうも固くなるこいつは、今日も少し離れたところでそんなことを不安そうにつぶやいた。


「うーん、それとも教えたくないんかなー」


口にしてから失言だったと気が付く、分かりやすくどんよりと落ち込んでしまった二人にわりぃわりぃと謝る。
自分は一日経ってもう、だいぶごちゃごちゃとしてしまっていた心境を整理できたのだが年下のこの二人には難しかったらしい。
未だに口を開きそうにない螢に、昨日にでも日本語の勉強でもすればよかったかと少し後悔する。
きっと歳を聞くくらいならすぐだろうに、頭を整理するのに過去の文献やらジジイの集めてきた新聞記事の原稿などを片っ端から読んでしまったため、そうするという考えにならなかった。頭を整理したいときは大抵この方法を取るのだが、今回はなかなか時間がかかってしまい、明け方まで延々と作業をしていたのは情けない限りだが。
腰掛けていた螢の使っている隣のベッドの上で体を前後に揺らせば、ぎ、ぎ、と嫌な音が鳴った。


「なー、いくつなんさ?あ、俺は18歳さ」


自分を指さして出来るだけゆっくりと言葉にする。
やけに遅い瞬きをした螢が、口を開いたがまた、閉じる。
言いたくない訳ではないようだがもしかしたら発音が分からないのかもしれない。口を開いたということはこちらの質問は通じているということだ。全く、ユウがいないせいさ。と内心思うがそれでも仮にここに彼がいたとして素直に通訳になってくれるような気はしないので結局いてもいなくても変わらないなと、ますます日本語をマスターしてやろうという思いが強くなった。というかそういえばジジイ話せるんじゃないだろうか、しまった盲点だ。この件に関してはヴァチカンのこと以外は一切関与してこないのですっかり忘れていた。


「あ、じゃあこれは?」


と、サイドテーブルの引き出しを開けたリナリーがそこからペンとメモ帳を持ち出す。


「私も初めは話せなくて、兄さんに紙に書いてもらったりして覚えたから」


それに確か中国と日本って文化が似てるって聞いたから、文字も同じものがあるかもしれないし。そういいながら自分でペンを持ったリナリーに流石、といいながらその手元を覗き込むようにして見やる。
しかしその手が、中国の漢数字の4まで書いて止まる。中国語なら俺も分かるがどうしたのだろうと声をかければ、はにかんだ顔で少し恥ずかしそうに振り返る。


「えっと…その、思い出せなくて」


もう随分昔から使ってないからとまた前を向いて言葉を続けたためその時の表情は見えなかったが、想像には容易い。生まれ故郷の文字すら思い出せないのは、思い出せないと気が付いてしまうのは、彼女なりにきっとショックだっただろうに。
それを隠そうとするのだから、俺もそれを見ないふりをする。そしてそっとリナリーの手からペンを抜き取り、続きをサラサラと書き込んでいく。




 - return - 

投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428