星たちの群れの中


「眠れてない?」


書類に埋もれていたところをドクターに引っ張り出されてカルテを渡されたと思ったらそんなことを教えられた。
螢ちゃんは確か昨日少量だが睡眠薬を飲んだはずだ、それなのに眠れていない。少量ではあれど、疲れ切ってそして血を多く失っているはずの彼女なら、その量で眠ってくれるはずだった。それに加えてわざわざドクターからカルテを渡される。今の話だけならこれは必要ないはずなのにそれを渡してくるということは他にも何かあるのかと目を走らせる。この男とは付き合いが長いため、無駄な事をしない質なのは承知だ。
そしてある項目で目が留まる。


「…これは」


「これじゃ輸血できそうにない」


お手上げだ、と大きくため息をついてソファに腰掛けて勝手にコーヒーを飲み始めた彼の顔色は少し悪い。血液検査には時間がかかるから、もしかしたら一晩かけて何度もそれを確かめていたのかもしれない。こんな結果が出ればそうしたくもなるだろうと思いながらも、輸血できないのはまずいのではないかとヒヤリと背筋が凍った気がした。

−D−(バーディーバー)

Rhという抗原が赤血球の表面にあるかないかによって分ける血液型をRh式という。この抗原を持っていない人をRh陰性(Rhマイナス)、持っている人をRh陽性(Rhプラス)と分け、大抵の人間は陽性に区分される。
Rh血液型は基本的なCEとDという2つの抗原系で構成され、このうちD抗原を持つものをRh陽性、持たないものをRh陰性と呼ぶのだ。だからこそ基本的には陽性だろうが陰性だろうが、D抗体の有無の違いで判断するのが当然だ。
しかし極めてまれに、CE抗原系をまったく持っていないパターンがある。それが−D−(バーディーバー)だ。
また、−D−はD抗原だけしかないため、通常の検査ではD抗原の有無しか調べないことから単なるRh陽性として取り扱われてしまう。それを見つけたドクターは流石といえるが、−D−は輸血する場合、このまれな血液型と同じ−D−の血液を輸血しなければならない。

現在、教団には−D−の人間はいない。
陰性の人間なら辛うじていたはずだが、それ以上にこの血液型を持つ人間は稀だ。
そういう血液型があるのは知っていたがドクターも初めて見たと参った様にコーヒーをまるでワインの様に揺らしている。


「…ヴァチカンに申請すれば、なんとなるかもしれないけど」


「…それは室長の仕事だな」


「手厳しいなぁ、僕も泣いちゃうよ?」


でも、それまでなんとかするのは俺の仕事でもあると続けてくれた彼に、この件に関しては本当に頭が上がりそうにないと改めて実感する。少しSっ気のある彼だがこういう時には本当に頼りになる。その分毒舌などによる攻撃も増すのだがそれはご愛嬌だ。
申請するにしたって時間はかかる、それにヴァチカンがこちらの要求に首を縦に振ってくれるまでの説得もきっと容易ではない。
でも、そうだね、僕の仕事だ。


「…無理な事をお願いしてもいいかい?」


「…なんとなくわかってるから、言うな」


詰りたくなるから。そういってさっさと退室してしまった彼に、顔が引きつるのを感じながらも今回ばかりは本当に無理な事を言っている自覚があるので黙って見送った。
あの話をされた上にこんなことを頼んだのだ、これくらいならまだ軽いくらいだろう。
それが分かっているからこそ、手元にあった彼女のイノセンスかもしれない抜けない刀をもう一度検証するべく自分も席を立ったのだ。



 - return - 

投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428