星たちの群れの中

本当に賢い子だと、少しだけ悲しくなった。
訳も分からずに帽子を被るのではなく、こちらの意図を分かったうえでそれを承諾してしまっている。あんな扱いを受けたはずなのに、それなのに。
今他の団員に彼女の存在が明るみになるのはあまりよくないと判断したからだ。内部での問題だってまだ解決の目途が全く立っていない中で人目に触れてしまってはよくないことの方が多いだろうという懸念から、まるで彼女に原因があるかのようにそれを強要した。
念の為人通りの少ない場所を選びながら通路を進む。車椅子に座る彼女は横たわっている時も思ったが小さく、まるで子供だ。その椅子を押すのは愛しい妹で、終始笑顔で優しく螢に語りかけている。その様子は少し前の自分とリナリーに重なって見えてしまって、複雑な気分になる。できればリナリーにも席を外してもらいたかったのだが、どうにもそれは難しかった。頑なについていくと言い張り、結局は言い負かされてしまった自分が情けない。何のためにブックマンを呼んだのかわからないじゃないかと思う。

もしかしたら、危険が伴うかもしれない。もしも、もしものためのエクソシストの同席。こうやって結局は疑っている行動を取るしかないのが不甲斐ない。
体調が急変してしまってはいけないからドクターもついてきてもらっているが、点滴は外してしまっている。ドクターが言った通り、眠れなかったのか顔色が悪い。勿論昨日よりは幾分よくなっていたが、さっき見た時は唇は乾燥してひび割れ、目元は落ち込み、貧血のせいか顔色は白い。螢ちゃんの顔色を思い出すと同時に彼女の血液の問題も思い出してしまって少し頭が痛くなった。先ほど少しの希望を持ってブックマンに問うたのだが、なんと彼の知る限り今現在この国には−D−はいないそうだ。彼が知る限りなんて、もうそれは誰に聞いたって駄目だろうと思ったが口にはしなかった。
リナリーに聞けば食欲もあまりないらしく、今朝持っていったかなり少なめのお粥すらもいっぱいいっぱいな様子で食べていたそうだ。


「これで、下に降りるわね」


エレベーターにやっとつき、リナリーが静かに話しかける。それに対してのリアクションは当然の様にないが、どうやら少し驚いているようだ。下を覗き込むようにして体を少し動かして、肩が緊張しているのが後ろから見ても分かる。その様子を見て、微笑ましく思ってしまうのは惨いだろうか。こんなに普通の女の子に、こんなにも警戒なんかしなければならない僕らが滑稽で間抜けに思えてならなかった。













「帽子をとってもいいわよ、螢」


目線を合わせる様にして床に膝をついたリナリーが、それでも少し螢ちゃんと距離をとって接しているのがわかって顔を歪めてしまいそうになる。
身振りでそれを何とか伝えようとしているリナリーは、決して自分からその帽子に手を伸ばそうとはしない。何度か繰り返して、帽子を抜いだ螢ちゃんの髪がぼさりとなっていたって、それを直してあげようとはしない。その髪に血だまりが固まってついているのを見つけてしまって、これが終わったらリナリーにお願いしてお風呂に入れてもらおうとボンヤリ思う。ドクターの許可も多分出るだろう、体も温まるだろうし教団の女性はかなり少ないからこの時間帯なら貸し切ったって構わないだろうし。
周りを見渡した螢ちゃんは、ここが初め自分がいた場所だと気が付いただろうか。


「リーバー班長」


「はい」


先にここに来てもらっていた彼を呼べば、同時にリナリーが立ち上がる。
正面が開けた時、螢ちゃんの眼は今までにないほど驚愕に見開かれていた。息を飲む音が、広いこの空間にぼやける様に浸透する。
その表情の変わりようを正面からとらえたリーバーはグッと眉を下げてしまい、リナリーは今度こそ悲しそうに顔を強張らせた。それでも下を向かない妹は、耐える様に下唇を噛んでいる。余りに力が込められてるのか薄らと色を白くしたそれが痛々しい。


「っておい!」


ガタン!と派手な音を立てて車椅子が倒れる。
咄嗟にドクターが駆け寄り、リナリーが一歩足を進め、手を伸ばす。
あの状態の足で歩こうとしたらしい螢ちゃんは急に動いたせいか床に倒れてしまった。それでも目は、ずっとリーバーの持つ彼女の刀から離れない。それどころか倒れても未だ、それに手を伸ばそうと床に体を打ち付けながらも進もうとしている。
どこまでも必死な形相だった、心が打たれるほどにその感情が伝わってくる。
驚いて咄嗟に声を出してしまったリーバーもその様子に完全に動揺してしまい、慌てて手に持った刀を螢ちゃんに差し出す。


「――、――――!」


震えて、安心しきってしまって泣き出してしまいそうな表情と声だった。
床に転がったまま、受け取った刀を抱きしめる様に両手でギュッと掴んで、もう二度と離すものかという気持ちが簡単にわかった。
それほどまでに、大切なものだったんだろう。ただの武器に対して抱く感情にしては大きすぎて、こちらがつぶされてしまうようなものだった。
肩で息をする彼女を、ゆっくりとドクターが起こす。その場に座り込む形になってもその刀を強く抱きしめて離さないので、胸に鉛がぶつかっているような感覚が次第に大きくなる。分かり切っている、これは罪悪感だ。
リナリーはそのまま結局その手を下ろしてしまって、ついに下を向いてしまっていた。


2014.10.27



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投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428