「私は行おう」、それは罪だ
脱水所へ戻ると着替えが新しくなっていた。そのことに気が付いたのは綺麗に畳まれたそれを見てすぐで、シャワーの間リナリーさんがここに入ったのであろうことを示していた。全く気が付かなかったと思いながらも置いた場所から動いていない刀を見つけてホッと息をつく。血の少しついたままの包帯は刀の傍に置いてあったからか捨てられることなくその場に無造作に置かれたままだった。少し曇った洗面台の鏡にボンヤリと映る私は不健康そうな顔色のままで温まったはずなのに一向に血の気が悪い様子を見て根本的に血が足りていないのだろうかと思案した。まるで、お化けのようだ。そんなことを考えて馬鹿みたいだと視線を鏡から外した。
早く着替えてしまおうと手を伸ばした時に下着まで新しいものに変わっていて流石に恥ずかしく思った。いたたまれない。その思いを振りはらうように手早く着替えて、床に捨てられたままの包帯を四本手に取る。まだ傷がふさがり切っていない時から巻いていたものだったので当然だが血が黒く変色して付いている。それを気にせずにくるくると手足に巻いていく。こんなことをする意味はないのかもしれないがこうするべきだと思ったことには素直に従うべきだ。そう教えてくれたのは私に剣を教えてくれた姉のような存在の大切な人で、昔から兄をからかっては怒らせていたが私には優しかった。いや剣に関しては鬼のようだったが一時剣を置けば優しい本当の姉のようで、大好きだった。物心ついたころには彼女と木刀を振りまわしていたので小さい頃は生傷が絶えなかった。いや、それは今でもあまり変わらないのかと、それでも綺麗に消えてなくなった手首の傷跡のあった場所を包帯の上から指で辿る。替えの服もやはり病人服だったようで形が全く同じだった。一番下に置かれていたカーディガンをありがたく羽織らせてもらいキチンと腕の包帯が隠れるまで袖を引っ張る。足首は隠しようもないので諦めて髪から滴る雫をタオルで軽くふき取りながら倶利伽羅を手にとる。結局羅索だけ持っていかれてしまったが、その下にもきっちりと封はしてあるので問題はない。その封であるマントラを見つめて、念の為とその上に巻かれていた赤がないだけで随分と無防備に見えてしまうものだなとボンヤリと思った。
ぽた、と髪から滴った雫がそのマントラの上に落下していく。ここで、私は私の意志でこれを抜くことがはたしてあるのだろうか、そしてその時は、私はリナリーさんにも刀を向けることになるんだろうか。そんなことを考えてしまうとどんどんと顔が俯いてしまう。下を、向いてしまう。つぅ、とマントラの上にあった水滴が重力に従ってその表面を撫でて落ちていく。きらりと照明の明りを一瞬うけたそれは瞬いたと思ったときにはもう視界から失せていた。
今、考えてもしょうがない、か。そう無理やり区切りをつけてしっかりと握りしめた倶利伽羅を片手に脱水所から一歩踏み出した。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502