「私は行おう」、それは罪だ
「え、ラビこれから任務なの?」「でもまぁ、すぐに戻って来れそうだけどなぁ」
座った椅子を足を浮かせて揺らしながらそう笑顔で言うラビに驚きながらも行く前に一度螢の顔を見に来る優しさにこちらも笑顔になる。きっと私はこの前戻ってきてすぐだったためにお鉢が回ってこなかったというだけだろう。次はラビと行き違いになりそうだと感じながらも絶対数の少ないエクソシストでは仕方がないのだと分かっているので不満はないが、今は少しだけここを離れるのが嫌だなと思ってしまう。少しだけ、螢と距離が近づけたような気がしたのだ。私が任務で離れてしまう間にその分また心の距離が出来てしまいそうで怖い。
「螢もその間元気でなー」
「ラビが戻ってくる前までにはもっとちゃんと食べられるようにもなってるわよ、ね」
螢にそう声をかけたラビだが、残念ながら伝わらなかったのかなんのリアクションもなく、それでもラビは気にした風でもなく穏やかな笑みを浮かべたままだった。こんなところを見てしまうと、彼は私よりも少し大人なのだと思い知ってしまう。私も、はやく大人に成りたいと思わされてしまう。
「んじゃ、いってくるさ」
「気をつけてね、いってらっしゃい」
もう時間がないのだろう、立ち上がって時計を確認したラビは慌ててそう告げる。しかしそれでも螢から言葉はなにも返ってこない。そのことには流石に苦笑して見せたラビに、代わりに私が満面の笑顔で手を振って送り出した。苦笑とは言っても穏やかな空気を纏った温かいもので、いつになったら私も同じ笑みを浮かべられるようになるのかとボンヤリと思ってしまった。螢を見ればぼうっとした表情でラビの背中を見つめているようで、ついにその口から言葉が零れてくることはなかった。
「……私も、食器を戻してくるわね」
さて、と立ち上がりお盆の上にすべての食器を重ねていく。ラビにはああいったが螢の食べる量は一向に増えていない。それを知っているのは私とドクター、それにジェリーくらいだろう。顔も見たことのない螢の食事を作るジェリーは彼女の食事が未だに粥だけなことに心配の色を見せているくらいだ。いや、正確には誰の食事かすらもジェリーは知らない。しかし誰かがずっとそういった食生活をせざるを得ない状況にいるのだという事は長年ここにいる彼にはお見通しらしく、先日「いつになったらちゃんと食べられそう?」と問われてしまった。
けれども、少し量を増やしてみても無理に食べようと顔色が悪くなってしまったという前例があるらしいのでしばらくは様子見、なのだそうだ。立ち上がった際に目に映る螢の刀は、あれから片時も離すことなく螢の傍らにある。それによってなのかやっと螢の眠りが改善されたのだと聞かされた。よっぽど、大切なものだったのだろう。
お盆を手に持ち、螢に笑みを向けてから医務室を出ようと足を進めた。その時、幽かに私の耳が声を拾った。聞き間違いかとも思ったが振り返った先で螢と目があった。その口が少しだけ開かれていたので勘違いではなかったのだと心臓がどくりと音を立てた。
「なあに?」
「………あり、がとう」
以前、彼女が目覚めてすぐのあの時を思い出した。あの時もこうやって、感謝の言葉だけは伝えてくれたこの子に、私は心臓を揺さぶられたような衝撃を感じたのを今でも覚えている。そして今も。お礼を言われるような事なんて何もしていないというのに。
「どういたしまして、すぐに戻ってくるから休んでいてね」
私の言葉にしっかりと頷く螢を見て、ラビよりは私の方が少しは心が許されたのではと意地悪くもそのことが嬉しく感じられてしまって、廊下に出てから思わず笑ってしまった。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502