「私は行おう」、それは罪だ
「ええ!?今からですか!?」「うん、ごめんね」
呼ばれたことに少し嫌な予感は覚えていたが案の定任務を言い渡された。そのことは別にいいのだが本当に急だなと内容を見ればここからかなり離れた国の名が記されていて「うわぁ」と思わず声が漏れた。ごめんねといいつつ全く悪いと思っていない顔をしているコムイさんに、ため息をつきつつもAKUMAがいるかもしれないという報告に僕が向かわない訳がないことを知っていてこんな表情なのだろうことを思うと、なにか小言を言う気さえ失せた。ただ、今は。
「大丈夫、本当に緊急の任務がこの近辺でない以外はリナリーがここにいるよ」
「そう、ですか」
「…心配、かい?」
名前を出さずともお互いにしっかりとなんの話をしているのかという事は分かっていた。そろそろ神田も戻ってくるだろうから通訳を頼もうと思っていたのにもかかわらず、結局は神田と入れ違いに僕がここを離れることになるとは。
螢のことは、あとからリナリーにヘブラスカの元へ行き正真正銘エクソシストだと判明したという話を聞いてから会いに行けていない。イノセンスかもしれないとヘブラスカが言っていた時点で仲間となるのだろうかとは思っていたから驚きはしなかったが、嬉しさよりも苦い思いの方が強かった。
思うことは多々あった。言いたいことも沢山あった。けれどそれらを言葉にしてしまったらきっとあの時リナリーを傷つけてしまっていたであろうことは簡単に分かった。だって、納得できない。あんなにボロボロだった女の子を牢に繋いで、そして訳も分かっていない彼女に兵器として戦えだなんて。彼女の様子からして明らかにエクソシストとしての自覚もなければ戦う覚悟だって、絶対にないのだ。あんな普通の女の子を戦いの渦中に巻き込むことが正しいことだと僕はどうしても思えそうになかった。僕の様にエクソシストとしてしか存在価値を見出せない人間では、螢は絶対にないだろう。神田に突き刺したあの瞳を見れば漠然とだがそれは分かった。
しかも聞けば、まだ螢にはAKUMAの事も彼女が適合者であることも語っていないという。言葉の隔たりがあるせいでもあるが、それ以上に今彼女にこれ以上の負担を、プレッシャーをかけてはならないと螢に関わった全員が思っているのだろう。だからこそ、彼女は肝心な事を何も知らない。それが正しいのかは分からないけれど、だからと言って僕が螢に説明できるのかと言われれば悩んだ末に首を横に振るだろう。間違っても螢は僕の様に望んでここに来たわけではないのだ、そんな彼女に戦えと強要することはあんまりだ。あれを知らない少女を戦場に突き出すなんて真似、誰だってしたくないに決まっている。
「そりゃそうですよ…あんなに」
あんなに幼いのに、あんなにか弱いのに、あんな目に合ったのに。
しかし彼女が僕と歳が同じことを思い出して最初の言葉を紡ぐことを躊躇ってしまい、次の言葉は初めにあった時の神田へ向ける強い瞳を思い出して、最後の言葉は目の前の彼を傷つける言葉だと分かって。不自然な場所で途切れた言葉だったがそれでもなにかコムイさんには伝わったのか、困った様に眉を下げてしまった。慌てて弁解しようとするも結局は上手い言葉を探し出すことが出来ず、なんでもありませんと言い張るほかなかった。
「いや…アレン君の心配もわかるよ」
「え、いや深い意味は…その…」
「…それに、まだ螢ちゃんをあの地下につないだ人物は判明していない」
その言葉を聞いて改めてゾッとする。そうだ、そのことだって全く解決には向かっていないのだ。そんな中に未だに螢は残されているのだ。そんなの、心が休まるはずもない。いや、彼女はそんな事情すらも知らないのだからきっと教団全体が結局は敵に見えてしまってもしょうがないのだろう。螢を牢に入れた張本人も、コムイさんも、リナリーも、僕も。彼女にとっては皆同じだ。暗く重い話を何とか切り替えようと、ヘブラスカと聞いてずっと思っていた疑問を口にした。
「あの、螢も適合者だったということはヘブラスカに予言をされたんですよね」
リナリーに聞いた話ではなんとコムイさん、相当危ない橋を渡っているらしい。らしいというのはリナリーから聞いた話であると同時にリナリー自身も詳細を知らず、彼女の予想である部分が大きいからだ。その予想の一端であるのがヘブラスカの元へ行く際にヴァチカンの目を掻い潜っていたということだ。それがどれだけ危険な行為なのかは正直よくは分かっていない。けれどその時のリナリーの話す様子からして相当の事だという事だけは分かった。元々中央に連行されそうだったという螢を無理やりに引き留めたという話だったはずだから、それを中央の許可なしにヘブラスカという教団の核ともいえる人物の元へ無断で連れていってしまったのだ。確かにそう考えるとなかなか思い切ったことをしたのかもしれないとやっと理解できたが残念ながら僕自身がずっと彼女を危険な人物として見ていないせいでどうやってもしっくりとはこない。
そして螢の持っていた抜けない刀を縛っていた紐がイノセンスだったということも聞いたのだがそういえば予言の話は一言も聞かなかったなと思い出したのだ。
「どんな予言だったんです?」
「…それがね、ヘブ君予言してくれなかったんだよ」
「え?そんなことってあるんですか?」
「うーん、少なくとも僕の知る限りでは初めての事だから…螢ちゃんには悪いけれどもう一度ヘブ君の所へ行ってもらおうと思ってるよ」
「そう、なんですか」
聞けば聞く程、螢に絡まる謎が深まっていくようなそんな感覚を覚えた。
難しいことは、よくわからない。だから僕だけが彼女がエクソシストとして共に戦場を駆ける姿を上手く想像できずにいるのだろうか。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502