裏切りもののヘレル

僅かな可能性にかけて、イノセンスと適合者が共にあれば反応があるパターンが過去にあると知った為無理を承知で彼女にここまで来てもらった。
寄生型という可能性も捨てきれていないため、その記録を見つけなくとも遅かれ早かれここには来てもらっていただろうが、こんなにボロボロの体を引きずって来させるのは苦渋の決断でもあった、しかしこれ以上時間は待てそうにない。それこそ先にヴァチカンに動かれでもしたら、手遅れになってしまう。もしそれで適合者と判断されなかった時は庇えないだろう。

教団の人間には表向きにはこの前の警報や爆発音はエレベーターの落下による誤報と知らせてある。ここの映像が直接流れる化学班とヴァチカンだけは誤魔化しようもないので真実を知っている。今、この現状は上手いこと捏造させたものをヴァチカンには送らせてもらっているが、彼女の武器を手渡して教団の最重要箇所に連れてくるなんてこれがばれれば大目玉どころでは済まないだろう。大元帥はこの時間は誰もここには近づかないことも確認済みなあたり、言い逃れはできない。
これは賭けだ、この賭けに勝って初めて先を打てる。
固唾を呑んでヘブラスカの言葉を待つ、思っていたよりも螢ちゃんの抵抗は薄くそれに酷く安心させられた。けれども彼女にすべてを話すのはまだ早い、そこまで僕らは彼女を、知らない。
世界と目の前の女の子とを天秤にかけたのだ、そうして簡単に世界に天秤は傾く。なんて無情で薄情な世界だ。


「…どうだい、ヘブラスカ」


妙に喉が熱かった、口内の水分が揮発してしまったかのような渇きに自分が思っている以上に緊張してしまっていることを知る。それでもそれが顔に出ない自分も大概こんな役職が板について来たのだろうと笑ってしまいそうになる。
しかしこんな緊張が伝わってしまったのだろうか、誰かがゴクリと喉を鳴らした。
どれくらい時間が経っただろう、その感覚は麻痺してしまったかのようにヘブラスカの言葉を待っていた。


「わかったぞ」

こんなにもヘブラスカの言葉を聞くのが怖いと思ったのは初めてだった。
急かすことはできない、ジッと固く手を握り締めて震えを抑えた。最近放置していたままの爪が手の皮膚に食い込んだ、それでも丸い爪は傷を残すことはしない。


「イノセンスだ、確かに」


「本当!?」


身を乗り出してリナリーが声をあげる、すぐに嬉しそうにこちらを振り返る彼女にこちらも安堵の表情を浮かべる。こうまでハッキリと、今度こそ明言してもらえればこちらも出来ることが増える。よかった、本当に。
大きく息を吐けば、リーバー班長に肩を叩かれる。彼もホッとした顔をしていて、目の下の隈がゆるりと弧を描いた。それこそ彼が寝ずに文献を漁って過去のイノセンスの資料の中から適合者の傍になければイノセンスの反応を隠そうとするものがある可能性を見つけてくれていなければこうやって安心するのはもっと先になっていただろう。僕もそうだが、あの刀がイノセンスと断定できる材料を揃えられなかったことが悔しかったのだ、僕も彼も。それが出来ていれば螢ちゃんにこんな無茶をさせなくても良かったのだから当然だ。
何処までも謎の多いイノセンスだ、あれ以上の加工を許さないなど原石としてあるようなものだ。それなのにイノセンスかどうかは不確かで。
だから続くヘブラスカの言葉に呆気にとられたのはしょうがなかった。


「刀ではない、こちらだ」


ヘブラスカの白い腕に反して、その腕に沿うように赤い紐が流れている。
リーバー班長も相当驚いたようで、解けたのか!と声を上げた。もしかしたら螢ちゃんが触れていたから、解けたのかもしれない。その仕組みは分からないがイノセンスとはそういうものだ。理解したと思ってもそんなのは上っ面で、結局毎度驚かされて首をひねる結果になる。
それにしてもこれは本当に予想外だ。そうかあちらがイノセンスだったのかと肩透かしを食らったような気分だ。見ればイノセンス特有の淡い光すら放っていて、紛うことなくそれがイノセンスであったことを示していた。


「…だが、この子は不思議だ」


「不思議、かい?」


「私に恐怖しなかった、それに…」


上に持ち上げられてしまっていた螢ちゃんの表情はその時正面にいたヘブラスカしか見ていない。その彼女がそういっているのだからそうなのだろう。下から見ていても確かに抵抗は少なかったが、初めは皆驚きとても抵抗を示すこれに恐怖を見せなかった。そう言葉にしたヘブラスカは、分かりにくいが少しだけ嬉しさを醸し出していた。それはそうだ、そんなこと僕の知る限るではなかったのだから。きっと僕が知らないだけで長い時間ずっとここにいて同じことをしている彼女にはその分の苦痛や悲しみもあるのだろう、僕の様に慣れない苦しさもあるのだろう。
彼女の言葉がまだ続きを持っていたので黙ったままそれを促す。


「まだ、イノセンスのようなものの気配が感じられる」


「…なんだって?」


まだ感じられる、それはいったいどういうことなのだ。
やっと一つ問題が解決したのにも関わらず、どうしてこうも次々と。
とうとう唸り声をあげてしまったのはどうか、見逃してほしい。



 - return - 

投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502