裏切りもののヘレル
異例中の異例だ、これは。それこそ黒の教団という団体が発足してからずっと、こんな記録は残っていない。この場所にあんな登場の仕方をし、挙句に適合者“かもしれない”などと曖昧なことをヘブラスカがいったのは初めてだ。イノセンスとは怪奇そのもの、しかしだからと言って今回のことまでその怪奇で済ませていいとは思えなかったのはブックマンとして持っている特有の感覚に近かった。その感覚が訴えるのだ、おかしいと、異常だと。
見た目はどこにでもいそうな普通の娘だ、それなのにそう思うのはきっとこの子供とも表現できる人間が酷く落ち着いているからだ。
なぜこんなにもすんなりと、この娘は受け入れているのだ。もっと動揺したって拒否を示したって、恐怖を露わにしたっていいはずだ。聞けば理不尽にも3日も暗い独房の中に一人で閉じ込められていたそうだ。それなのになんだ、どうしてこの娘はその事実を受け入れてしまっているのだ。
彼女がその訳を理解できているのなら別だが生憎まだはっきりと味方かも分からない人間にここの説明をできるはずもない。ヘブラスカに見てもらうというコムイの判断も恐らくは苦肉の策だ、ヘブラスカはここの中枢といってもいい、言い方を変えれば教団の極秘事項だ。それを結局はそんな人間に見せることになったのだから、どちらにしろこの娘は逃げられないだろう。それが分かっていてコムイはここに連れてきた、半々の賭けには勝ったがそれでも納得はまだできそうになかった。
彼女は、誰からもなんの説明も受けていないのだ。言葉が通じないからではなく意図的になにも知らされていない。手違いだったとはいえあんな仕打ちをされたというのにも関わらずこちらを責めようともしない。
そしてヘブラスカのいったまだ、イノセンスのようなものの気配が感じられるという言葉に確信する。
異例だと、おかしいと。
その言葉の意味を考えるとすれば、恐らくはこうだ。『彼女は二つのイノセンスに適合しているかもしれない。』
そしてきっと初めにヘブラスカがこの少女に対して曖昧な言葉を言ったのは、今はっきりとイノセンスと言われた方ではなく後者に当たるのだろう。そちらの気配を察知し、しかしイノセンスかは判断しかねる様な言葉を口にする。
そもそも本来、イノセンスが二つも適合するなどないことだったのだ。今現在のエクソシストでそれを可能にしているのはクロス・マリアンだが厳密にいえばそれも違うのだ。すでに死んで遺体となっている寄生型イノセンスの適合者である女性をクロスは禁術によって操作している。ひとりに付き一つのイノセンス。これは歴史上塗り替えられたことはない。それがどうだ、まだ断定はできないがそれが変わるかもしれない。
これはヴァチカンが黙っていないだろうなとジッと成り行きを眺めながら思う。
加えて血にDしか持たぬとは、遠い昔のある出来事を思い出してしまったがそれもしょうがないだろう。なにぶん大きく裏の歴史に刻まれることとなったその出来事の原因となった諸々を淡々と脳内で挙げていく。しかし今回の事には関係は無いだろうと区切りをつけてそれもやめる、そこに感情は伴わない。
コムイから、この娘との通訳として一役買ってほしいと言われていたのだが断った。この娘に関しては、一歩引いた位置で観察したいと直接ではないが遠回しに言えば渋い顔をしていたが納得したようだった彼は、恐らくいま彼女に色々と話をしたくて堪らないのだろう。少なくとも適合者として判断はされたのだから、戦場からは逃れられない。だったらあとはヴァチカンを抑えるだけだ、そのためにはこの娘に現状を理解して納得してもらうことは必須だろう。
さて、どう流れていくのか。
これは長丁場になりそうだと長年の経験が物語っていたが付き合わなければならないと、ため息交じりに思った。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502