暗やみに輝くともしびとして
足の包帯を巻き終えて暫く経ったとき。バタバタと廊下から足音が耳に届いた。人気の少ない場所にあるのか、こういった音は扉を隔てていても聞こえるもので、特に部屋に誰もいない状態であるとそれは顕著になる。リナリーさんのものではないと瞬時に判断し、倶梨伽羅を近くへ寄せる。バン、と開かれた扉の先にはなんとなく見覚えのある人と、医者の先生が立っていた。二人そろって白衣を纏っていたので一瞬なにか分からなかった。多少荒く扉を開けたのは先生ではなく、もう一方の人で目の下の隈が凄まじく少し引いてしまった。怖いかもしれないこと人。「――――、――――――」
「――、―――――」
なんとなく、ニュアンスとしては「嘘だろ」みたいなことを言われた気がする。先生の方はそもそも声が前者にかき消されて聞こえなかったのでなんと返答したのかは分からないがいつも以上にダルそうな顔をしていた。ここに来て初めて思ったが、やはり外人さんはオーバーリアクションなのだな、と少しだけ感心してしまった。外人さんといってもリナリーさんは中国の人だと言っていたしこの人は明らかに欧米の顔立ちだけれども。私がなんの反応も見せないのを見てなのか、ごほんと気を取り直すかのように咳ばらいを一つしてベッドの近くに椅子を引っ張ってきた彼に少し驚きつつも少しだけ反対側に分からない様にそっと寄ってしまった。
「――、―――」
物凄く気まずそうな顔をしたと思ったら、謝られた。これは流石に分かる。加えて頭を深く下げられてしまって内心動揺したがいったい何だと思わずにはいられない。黙ったままの私にハッキリと困ったような顔をした彼はポケットから何かを取り出してこちらに差し出してきた。明らかに私に向けられた大きな拳には深紅の輪が握られていて疑問符が増す。受け取るべきかと思案している間もずっとそれを私に差し出したままの彼に、結局は恐る恐る手を指だす。
そっと、手のひらに乗せられたそれの手触りに覚えがあった。そういえばこの色も、よく見れば細かな刺繍も。驚いて思わず顔を上げて彼を見れば正解だったようでどうしてか悲しそうな顔をされてしまった。というか、これはやはりあの羂索のようだ。この倶梨伽羅を戒めていた封の一つが、どうしてか私のあずかり知らぬ場所でこんな風になっていたらしい。驚きから戻ってこられない状態の私に追い打ちをかけんばかりに更に驚くべきことが起きる。私の手の平に乗っていただけのはずのそれが、唐突にしゅるりと蛇の様に蠢いたのだ。これには流石に驚いて手から払うようにしてベッドの上にそれを落としてしまった。何事だ、というかなんだ、なんで動いたんだ今。気のせいかとも思ったがベッドの上でしゅるしゅると解けてはまた結わえてを繰り返している赤をみて眩暈がしそうだった。見れば長さも受け取った時は手に通せるくらいだったものが今では本来の長さほどに戻っている。
「――。――――――」
「――――、−、―――」
うわぁ、なにこれ、うわあ。
ビビりながらもそれに指を伸ばせばその指に巻き付く様に緩く登ってきた赤にまた盛大に驚いて手を引っ込めてしまう。それをどうとったのかは分からないが私の手元にあった倶梨伽羅に自ら近づいていきついには元あった場所に収まった。とは言っても元は巻き結びと言われる下緒を栗形に通した後に鞘に巻き付けて端を固く結び止めていたのだが、今ではなんと鞘の方へらせん状にくるくると巻き付き、柄の部分で妙な絡み方をして倶梨伽羅にくっついたと言った方が表現的には正しいだろう。しかもそれだけではとどまらず、一本の紐から幾重にも枝の様に赤が伸びていき、植物のツタの様に刀を覆うようにして落ち着いた。パッと見ればもうそういう装飾をした刀にしか見えない。茫然とそれを見ていた私に再び声がかけられたが、もうそれどころではなかった。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502