ヤハウェの激怒
すっかり外へと向かう格好になって倶梨伽羅を入れる袋まで渡されて、けれどもどうしてこんなことになっているのか分からないまま聞くにも聞けず、とうとう医務室から連れ出された。暗くジトリとした空気を纏う廊下にやはり人気は皆無で、蝋の頼りない光がゆらゆらと不気味に揺れていた。ナースと先生は医務室でお別れのようで医務室の前で手を振られたので、躊躇いながらも小さくそれに返した。こちらだと手で示されて白い背中についていく中で、ああと思い出す。そうだ、あの時倶梨伽羅を持ってきてくれた人だ。正直顔は朧げにしか記憶していなかったので思い出せたのはその髪型を後ろから見た時だった。そうだこの人だ、うん。
長い階段を降りていくうちに更に周囲は暗くなっていく。蝋燭の明りだけがぽつりぽつりと等間隔にその場を照らしているだけでいったいどこへ向かっているのだろうと不安になる。暫く進んでいくうちに、耳に幽かに水音が届いた。遂にたどり着いた先では少し開けた空間に出た。灯りも電気を引いているのか蝋の橙の色ではなく、白く辺りを照らしていた。空気が酷く澄んでいて、もしかしたら外に繋がっているのかもしれないと少しだけ頬を撫でていった風を感じて思った。目に真っ先に入ってきたのはボート、そして水路。水音の正体はこれだったのかと納得すると同時、こんなに地下に大きな水路があることに驚いた。ボートにはすでに人が一人乗っており、こちらに気が付くと深く頭を下げてきたのでおずおずと不格好につられて頭を下げてしまう。
「――、――――――」
声をかけられてびくりとしてしまう。その場に反響する音にいかにこの空間が広いのかを知り、後ろを振り返ってその先に眼鏡をかけたあの人がいて、にこやかに笑みをたたえてそこに立っていた。白い服が薄暗い場所の中で違和感を覚えるほどに浮かび上がっていて少し肌寒く感じる。倶梨伽羅の入っているベルトを握って一歩下がりそうにまでなってしまったがそれはなんとか耐えた。
「――、――――――」
「――――、――――螢」
気をつけて…だろうか。何を気をつけるんだろうと思いながらもやはりここからどういう訳か出られることになったのだなと再度改めて思わされる。結局ここがどこだか、なんだかも分からないままだったなと思いながらもう少し考えるべきだったのだろうかと思ってしまった。あまりにも考えを放棄しすぎたのだろう、私は。
カツカツと階段を下ってくる音が空間に木霊する。すぐにその正体は白い灯りの元に明るみになってとうとう私は一歩どころか下がれる限界まで足を後ろへ進めてしまった。あの時の、人だった。目覚めた時に私を悪魔と言った、あの。
「――!――――!!」
「――、――――――」
大きく舌打ちをして眼鏡の人に喰ってかかるように詰め寄ってなにか吐き捨てる様に告げて鋭い眼光で睨みを利かせる様子は傍から見ていてもぶるりと肌が泡立つほどで、それを飄々と躱しているのを見るに、眼鏡の彼の神経の図太さを伺えた。短く言葉を交わし合って最後にもう一度舌を打って、そしてその鋭い瞳は私に向いた。つい背中をピンと立ててしまうくらいには怖かった。あの時刀を目の前に突き付けられた冷え冷えとした恐怖まで思い出してしまって眼前に幻の刃まで見えてしまってこくりと喉を鳴らしてしまう。そんな私など微塵も気にせずに横を素通りした彼は小舟に危なげもなく乗ってしまった。嫌な、予感がした。
「螢、――、―――――」
その予感を簡単に正解だと突きつけられたのはすぐだった。乗れっていった、今どう考えても乗れっていった。船に乗っている彼をチラリとみて、思い切り睨まれて。チェンジでとつい零してしまいそうになったのを我慢した私は偉いと思う。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502