ヤハウェの激怒

なんとなく予想はしていたとは言っても、実際にそれを目にした時の驚きが無くなるという訳ではない。暗いトンネルから外へ出た時に、その街並みを目前にして茫然としてしまった。レンガ造りの落ち着いた街並みはどう考えても日本のそれではないし、なにより道を行く人々はどこをどう見ても日本人ではない。何度か訪れたことのあるヴァチカンにも似た空気でもあったが、あそこほど堅苦しさは覚えない。小舟で揺られること数時間、といったところか。気まずい空気のままだったためそう感じたというのも大きいだろうけれども。正確には分からないが決して短くない時間が過ぎたころに小舟は海に面した港に到着した。降りろと目で促されて揺れる足場からレンガの地面へと足をつける。久しぶりのしっかりとした地面に、まだ揺れているような感覚が残ったままの平衡感覚が纏わりついてきたがふらつくことはなくしっかりと立つ。
久しぶりに太陽の陽を浴びて、温かいそれにホッとさせられると同時に改めてここはどこなのだろうという思いと、どこへ向かうのだろうという不安が煽られていく。


「――、―――――」


「−、――――――――」


なにか話しながら進んでいく二人に、付いていく。そのまま大きな船に向かっていった彼らに、もしかして乗るのだろうかと荷物を大量に積んでいる様子を眺めながら薄らと考える。船の横には恐らくは船の名が記されていたのだが装飾のようなその文字は読めそうにもなくすぐに諦めた。少し重たい鞄を右手から左手に持ち替えて赤くなった手のひらを見下ろす。コートの袖のファーで包帯は上手く隠れているが周りの格好を見る限り相当季節外れの服装だというのは分かった。私くらいだ、こんなに厚着なのは。


「――、―――――」


白い服の男性に指で船を示されてなにか言われる。ぼうっとしていたせいで聞いていなかったが仕草からやはりあれに乗るという事なのだろうという事が分かり、小さく頷いておく。頷いてはおくけれど、理解などまるでしていないのだけれども。
三島型のその船は随分と年季が入っているらしく、甲板の足場の板がぎしりぎしりと足を進めるたびに音が立った。軋むようなその音に底が抜けてしまうのではと思ってしまうがしかし、貨物船なのであろうこの船には大きな荷物が次々と搬入されていっている。それを見るに見かけほど脆くもないのであろうことが伺えた。スタスタと奥へと歩みを進める二人の後ろへ付いていけば、客室らしき部屋へとたどり着いた。貨物船なのに、こんな立派な部屋もあるのだなと思っていれば小さな窓の傍にあるソファーへと腰を下ろした。アンティーク調の横長の机はしっかりと床へ打ち付けられているようで、カーペットには無残にも穴が開けられていた。恐らくは全ての家具が同じようにして固定されているのであろう。


「−、――――――」


座れと勧められたので空いている向かいのソファーに腰掛ける。まだ出発していないとはいえ海の上。自分が制止することによって自分のいるここが揺れているのを初めて体感した。柔らかいソファーは体を深く沈ませる。手に持っていた鞄は床へ置き、背負っていた倶梨伽羅は肩から下ろして膝の上へを落ち着かせた。


「―――、――――――」


立ったままでいた白い服の男性が、私に向かって口を開く。ルイーズと名乗った彼は笑みを浮かべながら同時に数字を述べた。恐らく、時間だ。それがこの船が動くまでの時間だと気が付いたのはすぐで、一つ小さく頷いておいた。この人は座らないのだろうか、と端へと体を寄せる。そのことに気が付いたのであろうルイーズさんは驚いたような顔を一瞬見せた後、苦笑しつつ結局は座ることをしなかった。




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投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502