ヤハウェの激怒
ルイーズさんが一礼してそのまま部屋を出ていってから暫くして、船は出港した。その際ルイーズさんは目の前の彼になにか資料のようなものを渡しており、その紙の束を眺めながら沈黙を保っていた。どれ程時間が経ったのかは分からないが小さな窓から見える風景はすっかり真っ青に変わっており、もう陸地とは随分と遠いのだろうことが理解できた。ばさりと資料を閉じてテーブルの上へと投げ捨てる様に置いた彼はジッと睨むように私に視線すらも投げて寄越した。そして、徐にその口を開いた。
「…お前、本当に日本人なのか」
それはなんとも久しぶりに耳にした故郷の言葉だった。その音を聞いてやっと私は、少しだけホームシックに似た厄介な感情を持て余していたのだという事を知る。あの医務室で腫物よろしく扱われていた時には気が付かなかったが、思えば意地になってあそこの物を使用しなかったり、いつまでも聞きなれない言葉をゆっくりと言い聞かせられるように聞いていたことも、多少なりともストレスには感じていたようだ。だから、その言葉に負の感情が込められていたとしても、別に関係などなかったのだ。私にとってはその聞きなれた音の言葉が大切で、大事で、好きだったのだから。
「おい、聞いてるのか」
「…はい」
勝手に感極まってしまっている私なんて知らずに、イライラとしたようにして言葉を促進してくる彼は最初に対面した時と同じ質問をぶつけてきていた。あの時も、日本人かと、日本語で聞かれたのだったとそんなに前でもない記憶を懐かしく感じてしまう。同時に英語で、悪魔かとも聞かれたのだけれども。私の答えに怪訝に顔を顰めた彼は舌打ちを零して鋭い眼光を浴びせられた。
「その刀をどこで手に入れた」
なんだその言い方と思わなくもなかったが、これが所謂事情聴取のようなものなのだと気が付き、もやりと少しだけなにかが吹きだまる感覚を覚えた。懐かしい日本語で向けられるそれは、結局は疑いと嫌悪だ。それでも嬉しく思ってしまっていた心が急速に冷めていくのを感じながら、冷静になった頭で事実だけを述べるべきであろうことを瞬時に考えた。悪いことなど何一つ私はしていないのだから、堂々としていればいい。どういう理由でここに今私がいるのかは分からないが決して私の意志ではないのだから。
「形見です」
「そんな物騒なもんが、か」
「私の命です、これは」
嘘偽りのない言葉を淡々と述べれば眉間に皺が寄っていく。しかし、苛立たれようが私にとっては本当に文字通りあの刀には私の命が封じられている。私の、悪魔の心臓が。
――お前が大人に成るその時まで、これは俺が隠しておく、時が来ればお前に返す、だが決して抜いてはならん
そう、生前神父さんには散々と言われていた。片方の兄と同じように生まれつき悪魔を目に映してしまって、そしてもう一方の兄と同じように炎を継いでいた私は、物心ついたころにはすべてを父から聞いていた。自分がどういった存在で、どういった血が流れているのかも。兄に教団に、それを隠して騙して私は祓魔師となった。詠唱師のマイスターを取ることしか父には認められなかったから、それだけ取って、こっそりと剣技を学んでいた。まぁ、剣技を教えてくれていたあの人にも結局自分の口からその本当の理由を告げることは出来ず、散々に怒られてしまったのだけれども。それこそ半分以上殺されかけた。最悪の形で私は色々な人に、この刀の存在と炎を知られることになる。沢山の人を裏切っていたのだから、正直未だに許してもらえたのかも、分からない。けれども私にとってはこの刀はどうしようもなく神父さんの形見で、大切なものなのだ。例えこれのせいで罵られたとしても、甘んじてそれらを受け入れられるくらいには私にとってこれは宝物なのだから。
大きくため息を吐き出して私の言葉を耳にした彼は、面倒臭そうに顔を顰め、そうして口を開く。
「…お前には戦争に出てもらう」
はぁ?と普段のテンションに一瞬戻りかけてしまうくらいには突拍子もないことを言われてしまって、私は数秒間フリーズしてしまった。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502