裂け目に潜む

夕飯を出されて、薬を飲み終えた私に資料を放って渡すようにしてさっさと奥へと引っ込んでしまったその人の背中を見つめながら、バタンと大きな音を立てて閉ざされた扉をぼんやりと見つめる。白い扉はおそらくそんなに分厚いものではないから、そこまで防音という訳でも無いだろう。彼が入った以外にも部屋は複数あるのでそこを利用すればいいのだろうけれど、なんだが動く気にならなくてこのソファーで寝ていても問題ないだろうという結論に至った。幸い暖炉の傍なので暖かく、コートをかけて眠れば風邪を引くこともないだろう。寝落ちてしまったら不味いと、受け取った資料をテーブルの上へと置き、鞄の中をがさごそと漁る。きちんと歯ブラシなども出てきたのでそれを使わせてもらうことにし、倶梨伽羅を手にして洗面台へと向かう。
その時、背後でどうしてかはたはたと何かが風を起こす音が聞こえた。とても小さく、風というよりは本当にふと、何かに緩く仰がれたようなそんな仄かな風。同時に幽かな音まで頭上で聞こえはじめたので恐る恐る背後を、上を見上げればそこには可笑しなものがいた。


「…こうもり……?」


いや、蝙蝠ではないと声に出してすぐに気が付く。蝙蝠にしてはその場に留まっていられる飛行方法がそもそも妙であるし、なにより形状がそれではなかった。丸い胴体に横に長い羽。いや羽の形状は蝙蝠に似ていたがその動きは目で追えるほど遅く、中央の球体が沈みそうになればはためく。しかも、その球体には目玉のような一つのキラリとした大部分を占めていて不気味さを醸し出している。なんだ、これは。静かに飛ぶそれに思わず一歩引いてしまったが、その分向こうも距離を詰めてくる。しかしその一定の距離を決して埋めようとはしてこない。平行を辿る距離感に首を傾げつつ、ビビりながらもそれを眺めていればそれが機械であることに気が付く。本当に小さいがモーター音が羽音に混じって聞こえたのだ。加えて、塗ってある塗料が一部剥がれたのかそこから銀色の螺子が覗いていた。悪魔では、ないだろう。蝙蝠に似た悪魔もいるがこんなのは見たこともないしなにより“同族”ならばなんとなく分かる。ならばそこまで気にしても無駄だろうと言い聞かせて部屋を移動する。当たり前の様に追ってくる音にびくびくしつつ、蛇口を捻った。やたらと綺麗にされた鏡を見て、ニッと剥いた犬歯がやはりどうしようもなく尖っていてちょっとだけ重たい気持ちになってしまった。





 - return - 

投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502