裂け目に潜む
迷った挙句、結局お風呂にも入ってホテルの備え付けの夜着にも着替えた。下着の替えは鞄の中にあったのでそれを着た。奥に行ってしまったあの人と、ルイーズさんはいいのだろうかと思ったが部屋の大きさからしても奥にもまだお風呂場があるのだろうと思うことにした。ルイーズさんも別の部屋に泊まっているのだろうし、私が気にしたってしょうがないのだ。お風呂場の傍までついてきたあの蝙蝠のようなあれも、気にしてはしょうがないんだから。着替えを終えて戸を開けた途端目の前でぱたぱたと飛んでいた時は驚いたが、お風呂場までついてこなかったことをマシと思おう。暖炉の前へ戻った時にそのテーブルの上の資料を思い出す。そういえば渡されていたなと暖炉の不安定な橙の灯りの元でそれを眺める。ソファーに座って、手に持っていた倶梨伽羅を自分の肩に寄りかかせるようにして抱える。長々としたタイトルらしき英文に目を通しながら中々に分厚い紙の束に辟易しそうになる。しかし思ったよりも分かる単語があったので少しホッとした。
“鏡”、“眠り”、“無邪気”、そして“AKUMA”。あとは恐らく地名だろう大文字の読めない単語が続いていた。
「(…というか、あれ?)」
そして、やっと私はその違和感に気が付いた。今まで気が付かなかったのが可笑しいくらいだ。それこそ、一番初めに聞かれたその時から。そう、あの時も「あくま」という単語だけは英語の中でも聞き取れたのだ。それこそが可笑しいことで、妙な事だ。悪魔、デビル、デーモン。英語ならば「悪魔」とは言わない、これは日本語であり、ここに印刷されている文字もローマ字ではあっても「AKUMA」と、日本語が使われている。どういうことだと眉間に皺を寄せつつ、この意味を考える。他の国で悪魔という音が通じるという話は聞いたことがない。祓魔師の用語で外日語となっているのは私が知っているだけでも複数ありはするが、けれども決してその中に悪魔という言葉は含まれていない。中を一枚めくっても大文字の“AKUMA”という言葉は多く使われているのが一見で分かり、これが間違いでも何でもないことを知る。AKUMA、悪魔、あくま…。そして彼は、間違いなく祓魔師とも言った。じゃあ、だからどういうことだ。スリッパを履いていた足を揺らしてそれを床へと落とし、裸足の足をソファーの上に引き上げて膝を抱える様にして座り込む。見事に足先が冷え切っていたので慌てて背もたれにかけておいたコートを羽織ってマフラーも首元へ落ち着かせる。脇に避けていた資料を今一度手に取って、パラパラとめくってみたがやはり訳が分からないだけで嫌に“AKUMA”という単語が目に付くだけだった。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502