輝く者が天より墜ちた
「どうしてですか!!」どこまでも納得ができずに声を上げればなだめる様な、それでいてどこかこちらを気遣うような声色で落ち着いてとコムイさんに言われ、加えて神田に舌打ちまでされてムッとまでしてしまう。
「アレン君、こればっかりはどうしようもないんだ」
再び言われ、確かに熱くなっている自覚は持っているが、しょうがないで済ませたくないと思う自分がいるのも確かなのだ。だって、あんなにも傷だらけだった女の子が、なんの治療もされずに牢屋につれていかれてしまった。AKUMAではなかったのに、自分の目は普通の幼い女の子を映しただけだったのに。
それなのににべもなくあの子は意識を奪われ、そのまま乱暴に連れていかれてしまったのだ。そんなの酷いではないか、あんまりではないか。
現にリナリーだって当然だが眉をよせて少し泣きそうな顔で唇を噛みしめながら俯いている。それでも黙っているという事は彼女はきっと納得してしまっているんだと思う。それにも納得できない。まるで自分一人が駄々をこねているような現状にも、渋々ながらも誰も一言も苦言を漏らさず、それこそ“しょうがない”という顔をしていることにも。
「アレンは相変わらずみたいさね」
ムッとして振り返れば手を頭の後ろで組みながらその隻眼を笑みに細めているブックマン・Jr、ラビがそれこそ相変わらずの調子の声でそうへらりと言ってきた。自分も任務でいなかったが確か入れ違いでラビも教団から出ていたから本当に久しぶりだったのだが、つい咎める様な視線を送ってしまう。
「いきなり殴りかかった人が何言っているんですか」
突然あの場に現れたかと思ったら、勢いよく、それはもう景気よく彼のイノセンスである槌を振りかぶり殴ったのだ、あの子のことを。
「テメェ…離しやがれモヤシ…!!!」
「だから!AKUMAではないんですってば!」
それにモヤシじゃありませんと声を低くして言いながら神田の暴挙を止めようと必死になっていた。呼ばれ飛んでいった先の現状には驚いたものの倒れて血を流している女の子が倒れているだけで、まさか神田がすでに殺してしまったのかと肝を冷やしたがそうではなかったらしい。よかったと息をつきホッとしたかったのだがそれをさせてくれないのが神田で、AKUMAではないとハッキリ言ったにも関わらず、その子に武器を向けながら拘束しようとしたのだ。
どうしてそうなる。
「ふ、ふたりとも落ち着いて…」
「そうですよリナリーもこのバカに言ってやってくださいバカなことをするなバカって!」
「そうかよっぽど切り刻まれたいらしいな…望み通り殺ってやる…!」
いいでしょうその喧嘩買ってやりますよ…とすごみながら言ってやろうとしたがそれは叶わなかった。
「…ッゲホッゲホ!」
下から妙な音がした。
空気が変なところから押し出されるような、それでいてなにかが絡まって苦しそうな……そう、苦しそうな、
そこでやっとそれが咳込んだときの音だと気が付いてハッと足元に目をやれば先ほどまで全く動く気配すら見せなかった女の子がただでさえ小さい体を丸くして、苦しそうに息をしているのが見えた。
ああやって丸くなってしまうのは身に覚えがある、中の臓器が痛むときにああなってしまう。場所にもよるけどきっとそうだ。あんな音の咳が出るくらいだから肺も穴が開いていそうだと、そこまで考えて改めてその子が随分ボロボロなことに目が行く。あちこち煤けているし、横たわる床は真っ赤だ。服も正直、女の子がしていいような恰好ではない。切れてしまって肌が見えてしまっているし、いま動いたせいでか白い足が際どい所まで露わになってしまっていてギョッとしてしまった。自分のコートを取りあえずはかけてあげなければと本能的に動こうとしたがその前に我に返っていたのか神田の方が一瞬早かった。
未だに苦しそうに咳込むのなんかまるっきり無視して胸倉を乱暴につかみ、横たわっていた体を起き上がらせたのだ。
「か、神田!何してるんですか、ちょっと!」
「お前、AKUMAじゃないなら何者だ」
焦ってそれを止めようとして、その前に自分の方が止まってしまったのがわかった。神田の発言にではない。もちろんそんな風に直球に聞いている神田が彼らしくて呆れもしたが、そうじゃなかった。自分を止めたものはその、神田に掴まれて苦しそうにしているその子だった。
最初はただ息苦しさに悶えていたようだが、神田の言葉にか行動にか、ギッと神田を睨みつけるように眼光を鋭くしていた。そうはいっても目の前の神田に比べれば可愛いもので、必死さがうかがえるものだったし、少女の見た目では迫力には欠けるものがあった。
けれども、まさにその眼光に縫い付けられたように動きを静止させられた。青い目だった。珍しくもなんともないはずのその色だったがその奥に潜んでいた感情に酷く揺さぶられるような感覚を覚えたのだ。
恨みに近くて、諦めにも似ている。けれどもそんなものでは絶対に済まないような激情がそこには隠されることなく揺らめいていた。
まるでAKUMAの魂を見たときのようなそれに、惹かれるようで目を反らしたくなった。
無理やり綺麗な皮に収められ、傍から見ればなんの変哲もない普通の人間の中に、愛憎と苦しみを混ぜ込んだ可哀想な魂が雁字搦めにされている。
彼女が虚勢を張りながら、その奥に激情を孕ませていたからか、可哀想な何かが見えた気がした。いつだってAKUMAを破壊したがる己の性がそう思ったのかもしれない。壊したいから惹かれる様に求めてしまうし、そのせいでこんな風に感じてしまったのか。
そんな感覚を覚えてしまったから大いに動揺してしまったんだと思う。だって自分の目には彼女が人だと映っているのに、どうしてか矛盾して何かを感じてしまったのだ。
時間にすればきっとほんの少しの間だったのだろうが、リナリーの神田を咎める声にハッと我に返り慌てて止めに入る。
「神田、あんまり乱暴は…」
「ちょっと、神田!女性に対して失礼ですよ」
「すっこんでろ鈍間」
のろ…!
明らかに自分に向けられた言葉に、やっぱり今度こういうとこがあったら絶対に神田より早く駆けつけようと再度決意する。
カチンとして少女の胸倉を掴むその手をギリギリとひっつかんでやれば盛大に舌打ちを鳴らされながら乱暴に少女を開放する。投げ捨てられる様に床に伏せた彼女に咄嗟に駆け寄ろうとしたがなんとなく躊躇われてしまい空中に異形の手を彷徨わせてしまっただけだった。
そうして少しの間思案していた時に、か細く、掠れてとぎれとぎれな声を耳が拾ったのだがあまりにも小さい声だったからか言葉を認識できなかった。
発生源は渦中のその子で、さっきよりも数段不安げでいまにも消えてしまいそうなほどの弱弱しさを漂わせていた。
泣きそうというよりもあと少しでいなくなってしまいそうなそんな感じだった。
だから今度こそその言葉を聞きのがすまいとジッと耳を澄ましていれば、再びその口から音が漏れる。
震えていて、どうにかしてあげたくなるほど危なげだった。でも、やっぱり聞き取れない。もう一度、と身を乗り出そうとしたがその前に神田が口を開いた。
「――――、−――――」
何か言った、言ったのはそうなのだが聞き取れない言語だったのだ。
何と言ったのかが分からなくて疑問符を浮かべてリナリーに目をやれば少女に目をやっていてやっと合点がいった。今のは日本語だったのか、神田の故郷である日本の言葉。聞き取れるわけがない。初めて聞いたその言語は独特な音から成っているようで、神田には似合わないが柔らかい印象を覚える音だった。
でも、だったらこの子は日本人なんだろうか。でも日本は確か…。しかし思考は強制的に終わらされる。神田が、少女に刀を突き付けたのだ。あの青い眼球の目の前にピタリと突き付けられているのをみて、少し懐かしく思ってしまった。あぁ、そういや僕もああやっていきなりAKUMAと勘違いされて殺されかけたっけ…。
日本語で女の子が返答したと思って、少なくとも神田がその言葉をつかえてよかったと思ったとたんに突然その刀を振りかぶったから、ギョッとして大声を出してしまった。驚きに目を見開いて、どうしてこんな状況になってしまっているのかも言葉が分からないせいでまったく把握できない。それがなんだかモヤモヤとしてしまい、それでもAKUMAではないその子にそんな風に当たる神田が理解できなかった。
髪がはらりと宙に舞って、それでも真っ直ぐとピンと、前を見据える少女にほんの少しだけ唖然としてしまったけれど何か言いながら今度は首に刀を添えた神田に静止の声をかける。
「ちょっと神田!やめてくださいって!」
「――――、―――――」
そんな僕を綺麗に無視してまた知らない言葉で少女に突き刺さるような目を向ける神田を見て今度こそ本当にこの男はこの子を殺してしまうんじゃないかと思った。
実際そのつもりだったんだと思う。
どうしてだ、この子は人間でAKUMAではないのに。刀が首に食い込んだのか、その白い首から血が一筋流れるのを見て、我慢の限界に達した。
「いい加減にしてください!神田!」
「……ッチ、おい触るんじゃねぇ、放せ」
「まずはイノセンスを下ろしてください」
普段の三割増しで思いっきり睨まれたがこちらに譲るつもりがないのを察したのか、腕を引く素振りを見せたからその手を解放する。どうしてこうも神田は血気盛んなんだろうか、こうやってなんでもかんでも斬ってしまうようなことをしていたらそのうちとんでもないことをしてしまうんじゃないだろうか、とも思ったがそれはそれで、ざまあみろと思うだけだろうから忠告はしてやらないことにする。
そんな自分の考えをお見通しとでも言うように今まで以上に睨まれたから、すこしヒヤリとしたが、なんですかと軽く笑っておいた。ますます不機嫌になったのは言うまでもない。
「どうして二人はそんなに仲が悪いの」
呆れ気味なリナリーの独り言は聞かなかったことにした。今更そんなこと聞かないで欲しい、原因なんて明らかだ。それより今は。
「えっと…ごめんなさい、大丈夫ですか?」
振り返りながらできるだけ柔らかく笑いながら、声も出来るだけ穏やかにして問いかければ、その女の子と初めて目が合った。
さっきのような感覚は感じなかったから、あれはきっと気のせいだったのだろう、もしかしたら自分の気も緊急事態に立っていたのかもしれない。
自分で言うのもなんだが、こうやって微笑めば大抵の人が警戒と不安感を和らげてくれた。それなりに温厚そうな顔立ちだと思うし、紳士的だと言われることだってあるから彼女の反応を最初全く理解できていなかった。
目の前の顔はそれは見事に恐怖していた。神田に胸倉を掴まれた時も、刀を突き付けられた時にもこんな表情ではなかったのにそれが今唐突に恐怖一色に染まっていた。
何故だろうと、思った。今になって神田が怖くなったんだろうか、それとも具合でも悪いのだろうか。色々考えたがそうではないだろうと分かっていた。
僕だ、僕を見てこんなにも顔を歪めてしまっているんだこの子は。
今までになかったわけではなかった、異形の腕を持っていたし明らかに不気味な大きな腕は恐怖の対象だったし軽蔑だってされた。顔に傷ができてからはその感情を向けられる位置が増えたくらいで、慣れっこだった。それでも、ここまで怖がられたことってあっただろうか。イノセンスを発動している時ならあったかもしれない。それこそ化け物と罵られたことだってあった。でもこんな風に純粋な恐怖だけを抱かれたことって、あっただろうか。
しょうがないんだろうけど、神田にはあんな風に立ち向かっていたような女の子に、こうやって笑いかけた自分が恐怖されたことに、疑問を持つより先に悲しんでいる自分がいることに驚いてしまった。慣れているのだが…神田が絡んだからだろうか。
「大槌小槌、伸!!」
「…え、あ、ラビ!?」
その場の空気の何もかもをぶっ壊しながら唐突に表れたラビによって、その恐怖に怯えた顔が倒れていくのを茫然と眺めながら、なにやっているんだとラビに詰め寄っている時には、この時の悲しさもすべて忘れてしまえていた。
投稿日:2017/0428
更新日:2017/0428