裂け目に潜む

早朝目が覚めて部屋を出た時に目に映った光景に少しだけ驚いた。暖炉前のソファーに黒い塊があったのだ。なんだと少し近寄ればあの餓鬼だった。丸まるようにコートに自分の体を収めて、目元だけがそこから少しだけ覗いていた。そのすぐ隣にあの黒い袋も見えたので刀を抱えているのかと何を思うでもなく目に映った光景を流していく。見たまま、ここで夜を明かしたのだろうが暖炉の火は夜中のいつかに消えてしまっていたのだろう、もうすっかりと灰しかそこには残っておらず部屋には冷たい朝の空気が漂っている。音もなく眠っている餓鬼にもしや死んでいるのかと昨日の道中の顔色の悪さを思い出したがコートが少しだけ上下しているのを見る限り生きてはいるのだろう。テーブルを見れば渡していた資料に一応目は通してはいたのか途中のページが開かれたままになっていた。


「ん…」


眠りはそこまで浅くはなかったのか、徐に瞼を持ち上げた餓鬼の顔色が寝起きの癖に青白いのを見て今日連れまわして邪魔にならないかと考えてしまう。監視のゴーレムを付けているとはいえここに放置という訳にも行かないだろう。そのゴーレムはソファーの肘掛けに留まってジッと動かないままそこにあった。電力の消費を抑えておくためだろうと予想を立てる。ルイーズを置いていくというのも無しだ。何かあった時に対処できない奴を置いて行っても意味がない。結局は連れていくしか道はない。


「起きろ」


俺の声に完全に覚醒したようで藍色の瞳を瞬かせて慌てて起き上がった餓鬼は、寝る間も手放さなかった刀を今一度握りなおして、小さく会釈をしてきた。着ている服が外に出られるものでないのを見て舌打ちをしそうになったがまだ時間までは十分に暇があることに気が付きシャワーでも浴びるかと部屋へと引き返す。


「おい」


「…はい」


「そこで寝られると邪魔だ、次からはそっちを使え」


顎で一つの部屋を指してそちらを向いた瞳を確認して今度こそ部屋への扉を潜った。





予定通りに病院にたどり着き問題の“目覚めない者”達が全員集められている部屋へ通されてその異様さに眉を寄せる。恐らくこの病院の食堂だったのであろう広い場所で、ベッドがずらりと並べられているというのに恐ろしいくらいにこの場所は静まり返っていた。


「この通りで…脈、体温共に正常ですが」


「目が覚めない、か」


「ええ…点滴でなんとか命を繋いでいる状態で、それもいつまで持つか」


医者もお手上げだとばかりの心底困った声色をしており、目線の先には今にも死にそうな状態の恐らくは最初に目覚めなくなったという男だろうそいつが寝こけていた。近くへ寄れば土色の顔色に生気を失ったような乾いた唇、そしてピクリとも動かない体に気が付く。ルイーズも近くへ寄ってきてその男の詳細の乗ったカルテを医者から受け取ったらしくそれを差し出してくる。それを受け取り目を通せばなんら変哲もない男の経歴が綴られており、その下に長々とこうなった経緯が記されていた。教団の資料にあったものとほとんど同じ内容に、今現在洞窟に通い詰めになっているという一人のファインダーも仕事はしていたのだなと知る。加えるのであれば「穏やかな顔すらできないほどの憔悴」があるという事くらいだろうか。


「あら…あなた、顔色が悪いわ、大丈夫?」


「あ、いえ!大丈夫ですので…」


女の声にルイーズが答えるのが聞こえて振り返れば餓鬼がナースに捕まっていた。捕まって、というか黒いコートに黒いマフラーなんぞ巻いているせいで顔の白さが余計に引き立ち、見るからに病人のようなそれなのだ。そんな奴が病院をうろつけばこうなるのも仕方のないことなのかもしれないが、だからといってここに来て数分でこうとは。餓鬼は何を言われたのか理解できていないのだろう、青い顔の表情はあまり動いていなかった。慌ててルイーズが弁解しているが上手いことを言ってもあまりにも悪い顔色にナースはすぐには納得の色を見せなかった。向こうは放って置いてもいいかと再びカルテに目を落とす。新しく加えられている項目にも気になるような事は書かれておらずそれを医者に返して室内全体を一瞥し、もうここには用はないとルイーズに声をかけた。





 - return - 

投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502