裂け目に潜む

連れてこられた先は病院のようではあったが、案内された先の部屋は異様な空気を漂わせていた。
広い部屋に所狭しとベッドが並べられていて、そこで横たわっている全員の意識がなかった。これだけ人数がいれば一人ぐらい起きていたっておかしくない時間帯であったし、なにより眠っているうちの一人を起こそうとずっと揺すっている子供もいたのだがそうやって揺すり起こしてもまったくのノーリアクションだった。気味が悪かったが近寄って一人に寄ってみれば驚くほどに動きがない。じっと瞼を見てみたが眼球が動いている様子もなく、ただ本当にゆっくりな呼吸だけ辛うじて行っているようなそんな状態だった。その呼吸すらも音がしないほどの静かなものだったので胸が上下していることをきちんと目にとって見れたのにも時間がかかった。再び部屋の少し奥へ目を向けて先ほどの子供を目に留める。母親らしき女性を只管揺すり起こしている子供は暗い顔で色々な事を試みていた。手を握ってみたり頬に手を当ててみたり緩く髪を引っ張ってみたり呼びかけてみたり。そのどれにも反応を返さず眠り続けている様子を見ていたらなんだかどんどん不安を煽られてくる。病室の一角で起こっていたその光景がなんだか途轍もなくおどろおどろしいものに感じたのだ。子供が親を起こそうとしている微笑ましい場面なのかもしれないが私にはどうあってもそうは取れなかった、それどころか目を背けたくなるほどに残酷な光景にすら思えてギュッと喉の奥が閉まり、カッとその当たりが熱を持つ。思考の海に沈みかけていた時に、ポンと肩に手を置かれて浮上させられる。見上げた先にはルイーズさんがおり、指でこの部屋の出口を指し示していた。それに散漫な動きで肯定を示し、やっと視界からあの親子の影を外すことが出来た。それでも、それなのに私の瞼にくっきりと焼きついてしまった彼らの残像はとても不気味にそこに居残ったままだった。



次に案内された先は個室であったが、先ほどとはまた違った理由で異様だった。四つほど並べられているベッドのうち、三つが埋められていたのだがその上には拘束された病人服の三人が横たえられていた。散々暴れたのかシーツはずれてしまって半分ほどベッドから落ちてしまっていたり、ベッドを仕切るカーテンはレールから引き千切られたかのように力なく揺れている。唸り声の漏れる彼らの口にはタオルが咥えさせられており、その目元は血走って目玉がぎょろりと忙しなく侵入者であるところの私たちを交互に映していた。そのうちの一人へとルイーズさんが駆け寄っていった。知り合いなのか彼の名前らしきものを声に出しながら駆けていく後姿を見送りながらもう一度その三人をそれぞれ観察する。三人とも男性で年齢はバラバラ。一番年配であろう老人の瞳はそのなかでも一番狂気に似たなにかを孕んでいて、少しだけ距離を取りたくなって一歩横へとずれた。もう一人は私よりも少し年上であろう少年で、暴れた形跡が他二人に比べて格段に大きく残っていた。未だに身を捩ってはなにか言葉を発しようと唸っているので近寄りたいとは思えなかったが先の老人よりは幾分かマシに思えた。ルイーズさんが駆け寄っていった男性はルイーズさんとあまり変わらない歳に見え、人の良さそうな顔つきをしていたがその体はやはり前者二人と同様に雁字搦めにされており、口元も戒められていた。その全員に点滴が見当たらないことから、もしや精神的なそれなのだろうかと肩にかけた倶梨伽羅の入っている袋のベルトを握りこむ。ここに連れてこられはしたが私が医者に見せられるような素振りはなかった。しかし、ならばどうしてここに連れてこられたのだろうか。


「−、――――――」


「―――、――――――」


「――!――――――」


ここに案内してくれた医者とルイーズさんが言葉をいくつか交わした後、徐にルイーズさんの手が知り合いらしき男性の口元へと伸ばされた。病室の入口で立ち止まったままだった私からは少し離れていたし、ルイーズさんが影になって目には映らなかったが何をしているのかは明らかだった。案の定というか、一拍置いた後に病室には声が響いた。水分の足りていないようなかすれた声は歓喜に満ちているようなそんな感情が満ち満ちていてこの部屋の中の空気との不一致さに違和感しか感じられなかった。嬉々としてまくしたてる様に早口に何かを語る彼の表情がちらりと人の隙間から覗く。声の雰囲気とは打って変わって表情は鬼気迫ったものがあり、ちぐはぐなそれらに思わず眉を寄せた。


「―――、―――!」


「――――、――――!」


「――――――」


なんだろうか、外見と中身が一致しない不快感のような、殻を間違えてしまったかのような漠然とした違和感が纏わりついて離れない。その不快感が圧倒的なのにも関わらず日常に溶け込もうとしているその矛盾が不快で仕方がなかったがそれをグッと押し込んで一歩、病室へと足を踏み入れた。


2015.10.11



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投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502