モアブの地


病院にはもう用はないのかすぐにそこを後にした二人へついていきながらその道がホテルへ向かっているのではないことに気が付き、その行く先がどうやら人里から離れて行っているという事を理解した。背後を振り返れば登ってきた道のその先に街並みが見え、そのさらに先には黒い海が広がっていた。吐く息が荒く、白い。もう随分と歩いたように思うが道は整備されているのか歩きにくいということはない。マフラーの片端が落ちたのでそれを巻き直しながら進む道へと顔を戻す。少し距離はあるがまだ見える位置にいる背中と、私を振り返って待ってくれているルイーズさん。慌てて足を進めるがまたすぐに息が上がってしまう、それでもなんとか足を動かし置いて行かれぬように前へ前へと歩む。視界が悪く、曇る。雪の白が目に痛いが瞬きを繰り返せば少し鮮明さが蘇る。


「―――、――?」


大丈夫か、と聞かれたのだと思う。いつの間にか歩みを止めて待ってくれていたルイーズさんに追いついていたようで突然声をかけられたことに驚いたが小さく頷いて足を止めることなく進む。黒い背中はまた少し遠くなってしまっている、このままでは逸れてしまいそうだ。喉がいがつき、鉄のような味までしてきてしまってどうしてここまで体力が落ちているのかと思わずにはいられない。マイスターこそまだ取ってはいないが少なくとも剣は扱っていたのにも関わらずこの様とは、これでは神父さんにこっ酷く怒られそうだ。苦笑でも漏らしたいところだったがそんな元気すらなく、はぁと大きく息を吐くくらいしか出来ることがなくその息が上り消えていくのを視界で捕えながら、黒い背中を見失わないよう、また雪を踏みしめた。





「―――――、―――――」


「―――――」


荒れる息に自然と上に上がる肩。追いついたそこで立ち止まっていた彼に舌打ちと共に何かを吐き捨てるな言葉を貰ったが残念ながら理解はできなかった、とりあえず悪態だという事は分かったが。
なんとかたどり着いた先は暗いトンネルのような洞で、風が抜けているのか不気味な音がその口から響いていた。低いその音は体内に響くようで、内臓に含まれている空気を鈍く震わせてくる。その感覚が酷く不快で眉を顰めたがどうにもこの先が目的地らしい。真っ黒く口を開けている先は光が通らないのか、冷たい風が吹き抜けるばかりでどこに繋がっているのかもわからない。彼はルイーズさんと何度か言葉を交わしながら、その暗闇の先を鋭い目つきで見据えていた。岩肌を全て雪と氷で覆われた入口は土でも含んでいるのか黒く、日に当たって何度か溶けたのか表面は滑らかに丸みを帯びていた。手袋の上からそれをなんとなしに撫で上げてみれば見た目通りにつるりとした感触が布越しに伝わる。


「――、―――――」


「−、――――――――」


話が纏まったのか、また大きな舌打ちを零した一人と、苦笑を漏らしたルイーズさんを眺めていると不意に二人の視線がこちらに向いた。瞬間に身構えてしまったがジッと視線を返せばルイーズさんには笑みを、もう一人には舌打ちを寄越された。


「おい」


「…はい」


「戻るぞ」


「え…はい」


すたすたと来た道を戻っていく黒い背中、その場に留まって先を促すように手を振ってくるルイーズさん。まさかとは、というかこの状況はあの人と二人、どこかへいかなければならないという事でファイナルアンサーだろうか。
なんだそれ嫌すぎる。




 - return - 

投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502