モアブの地
神田さんには動きがあれば連絡を入れると言って、なんとか螢さんを連れて道を戻るようにと進言させてもらった。朝から顔色は良いとは言えなかったがしかし外を歩かせてしまったのは明らかに彼女の体調を急激に悪化させたようだ。時々焦点が合っていないかのような目をしていたのでこちらが思っている以上に体調は芳しくないのかもしれない。途中にあった喫茶店でなら暖かいだろうし十分休めるだろう。私がここへ張り込むこと、町からここまでくるには複数道があったがどこを通ってもあの喫茶店のある道には合流していることをお教えすれば神田さんは盛大に顔を顰めながらも了承してくれた。
ミミットは友人というほどではなかったが教団で会えば挨拶を交わしお互いの境遇を語ったことのあるような、そんな間柄だった。任務に共に出たことも無ければ歳が近い訳でも、入団した時期が同じという訳でも無い。しかし元々気さくな人柄であったことに加え、ミミットの優秀さ、それを鼻にかけない性格くらいはその少ない関わりの中でも知ることが出来たし、そんな彼に好感を持たない筈はなかった。だからこそこの任務を聞いた時真っ先に思ったことは嘘だろうという疑いの思いだった。私以上に彼と交友のあった教団の仲間はそれこそこの状況を信じないだろう、もしかしたらそんなことも配慮されて今回の私の派遣なのかもしれないと少し思ってしまうくらいにはミミットの容体は目を背けたくなるようなものだった。まさかあんなにも錯乱していようとは思ってもみなかった。体つきも知っているそれよりずっと痩せ細っていたし私の名を呼んでこそいたが目は一度も合わなかった。恐らく私ではない何かに視線を合わせてしまっていたのだと思うがそれが何かを知りたくなくて、気が付かないふりをしてしまった。幻像まで見ていたとしたら、とてもじゃないがまともに向き合えなかっただろう。少し面識のある程度の私でこれだ、もしこれでミミットと仲の良かったファインダーがきてしまっていたらと思うとゾッとする。仲間にそんな辛い思いをしてほしいとは思えない。まともな話を聞けぬままに病院を後にして幸いなことに快晴の静かすぎる町を見下ろし、澄んだ空気で肺を満たす。すぐ横の例の洞窟は噂無しにしても随分に気味が悪く、ぽっかりと空いた穴から少しだけ距離を取った。町が近いにも関わらずゾッとするほどに無音だ。こんな小さな町であるにも関わらずあんなにも被害者が出ていればこうやって町全体が静まり返ってしまうのは当たり前で、そしてよくあることだった。
病院のミミットのベッドの脇に放置されたままだった彼の荷物を申し訳なかったが漁らせてもらった。あるだろうと探せば求めていたものはすぐに発見できた。教団への報告事項をまとめたメモが一つと今回の任務書。任務書の方はあまりようがなかったのでそのまま鞄へと戻したが彼が、彼が正気だったころのメモには用がある。
人の気配が微塵もしない周囲を確認して、そのメモを鞄から取り出して捲る。使い古された表紙は色が褪せて角が丸くなってしまっていたが大切に使われていたのか中身はピンと真っすぐな紙ばかりだ。一番新しい日付は今からもう一週間以上も前でしかも内容は彼が語っていたように妹や家族の事ばかりで表情を険しくしてしまう。なんとか感情を押し込んで今回の任務に関して書かれている内容で一番古い日の物を見つける。その内容はほぼ教団へ報告済のものだったのでそこから日を更に追っていく。こうみれば随分と長いこと彼もこの町で調査をしていたのだという事を伺えて見やすく分かりやすいメモに本当に優秀だったのだという事が分かり、やるせない思いが溢れそうになった。やっと報告書になかった記述を見つけ、目を走らせることでそれをごまかして頭を働かせた。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502