モアブの地
――――住人の話によればあの洞窟は隣町を繋ぐ近道のようで、どちらの住人も頻繁に使用しているらしい。しかし今回被害にあっているのはこちら側の住人だけ。どういう事だろうか。一番初めの被害者の家族には話を聞けなかったが三番目の被害者、眠り始めて二週間経っている女性の家族には話を聞くことが出来た。様子が可笑しくなったのは一人目の被害者が可笑しくなったと町で話題になった頃、つまり今からひと月ほど前だったという。隣町に用があって向かったのにも関わらず一時間も経たずに戻ってきたと思ったら突然「子供の病気が治るかもしれない」のだと言ったのだという。女性の子供は体が弱く、今年に入ってからは病院生活をせざるを得ないほどに弱ってしまっていたのだそうだ。隣町へは出稼ぎに行っていたようで酒場でパートをしていたらしい。その日は結局仕事には間に合わなかったらしいが、促せば興奮冷めやらぬ様子で急いで仕事へと向かっていった。だがよく話を聞けば薬が見つかったという話でも大きな病院へと移して手術を受ける目途が立てられたという訳でも無く、妙に抽象的な事ばかりをのたまうばかり。女性曰く「万能薬である花が咲く」のだと言って洞窟へと向かいたがる。日の光も射さない、氷の張った洞窟には当たり前だが花など咲かない。女性の夫が試しに妻と共に洞窟へと行ったらしいのだが何もない場所でこれだと指を指している始末。一人目の被害者の話もあったことから洞窟へ向かわせるのも家族は心配したようなのだが如何せんあそこを通らなければ山を越えなければならないことからも、渋々仕事のためにそこを通る女性を放置。だが仕事で隣町へいく事五回ほど、その頃にはもう完全に妄想に取りつかれたように常に洞窟で見たのだというその花のことと子供の病気が治ったような話までし始めた。そうして一人目の被害者が眠った状態で洞窟入口で発見されたと聞き、本格的に危機感を覚えたらしいのだがもう手遅れだったのか何を言っても戯言ばかり口にする。子供の見舞いにすらいけないような状態で、当たり前だが仕事へも向かえなくなる。取りあえず病院へ連れていこうとしたその翌朝、ベッドは蛻の殻で慌てて探しに行けば洞窟の前で眠った姿で住人から見つけられた。
念の為隣町にまで聞きこみの範囲を広げた方がよさそうだ。今回の任務、どこか違和感を感じる。こういう時は大概、見当違いなところから事実が浮かび上がることが多い。なにか根本からずれているような。初めからもう一度洗うべきだろうか。
――――女性の夫に案内してもらい彼女が花があるのだと言った洞窟の壁を見に行った。しかし当たり前だが俺にも夫にも、なんら変哲もない冷たい壁にしか見えない。試しに一人でも入ってその壁を見たが変化なし。条件があるのだろうか。
――――洞窟前で見張っていれば案の定、青年が一人ふらふらと、しかし爛々としながら洞窟へ入っていくのを目撃。ばれないように後をつける。
なにか独り言をぶつぶつと言っているがこの距離と洞窟の反響では聞き取るのは難しい。辛うじて聞き取れた単語は「金」。
向かった先はしかし三番目の女性が花を見たという場所ではない。場所も関係ないのだろうか。この洞窟全体に問題があるのか。可能性として考えられるのは以前にも似たような件があったと記憶しているが、水源の問題、地形の問題などだろうか。少なくともAKUMAの可能性は捨てていいだろう。死者がここまで出ていないことに加え行方不明者などの話すら出てきていないのだから。イノセンスだとすれば洞窟にあるという可能性が有力、しかし俺では回収どころか発見も難しい。一度教団へ報告を入れ、近辺にいるエクソシストを派遣してもらうべきだろうか。そうであればAKUMAがかぎつけてここに集まってくる可能性まで出てくることも考慮しておくべきだろう。
――――教団へ報告を入れたがすぐにこちらにエクソシストを派遣できないとのことだった。それまでに調べられるだけ調べよう。一度隣町へも行ってあの女性の仕事場に行ってみるのも良さそうだ。そこで話を聞けば家族は曖昧だったが、初めて仕事に遅れてから何度あの洞窟を女性が通ったか正確な回数が分かるはずだ。回数になにかヒントがあるかも分からない、それが条件になる可能性も十分にありうる。そうなってくると、俺自身もすでにあの洞窟へは四度、足を運んでいる。可能性がゼロではない以上自分自身を使って調査するのが一番いいだろう。
一度目はここの噂を聞いてすぐ、今から一週間前に下見として。二度目は洞窟内へと調査のために、三度目は例の女性の夫と、そうして四度目は洞窟前で見張りふらふらと洞窟へ入っていく青年の後をつけて。どれもまともな成果はなかったがこういった積み重ねこそがファインダーとしての仕事だ。
――――隣町では噂が広まり、あの洞窟を通ることを嫌がる住人が出てきているようだが被害者はやはりゼロ。一人であの洞窟を通った住人もいるようだが全くああいった症状がでた例はない。やはり回数というのは関係ないのだろうか。あと上げられる可能性としては時間帯、所持品…
――――ついに俺も洞窟で妙な光景を見た。あれは死んだはずの妹で鮮明なほどに死んだあいつのままだった。記憶のままに目の前に現れた妹は甘言を吐いていたがやはり、あの時のまま。いやそうじゃない、そうだあいつの言葉はただの甘言だった、だからやはりあいつは俺の妹ではないのだ。場所は洞窟の中というだけで場所は特定ではない、条件は分からないが俺にもその現象は現れた。
――――妹が、ファジーがあの洞窟で待っていると思うと町の温かい場所に居るのが落ち着けない。あそこは寒い、暗い、何もない寂しい場所だ。せめて俺だけでも一緒にいたい。いや何を言っている、あれは幻覚だろう。触れられないただの幻だ、おれの幻想だ、願望だ。
――――ファジーが俺の身を案じていたが正直あいつの方がよっぽど寒そうだった、俺のコートは受け取れないようだったしなにか温かいものでも食わせてやりたい。そういえば隣町の店のスープが旨かった、あれを持っていってやれないだろうか。
そこまで読んで、手記を閉じた。もうそれ以上は読んでいられなかった。ついにメモを書くことすら途中でやめてはいるようだったが、もう先は全て妹や家族の話で埋め尽くされている。稀に正気に返った様に「妹は死んでいる」と書かれていることもあったがしかし最後には洞窟へと向かうような言葉で締めくくられる。
彼は、ミミットは自分を観察対象にまでして実験的にあの洞窟へと自ら向かい、そしてここまで情報を集めていた。こうなることすら見越して、そして私たちに後を託した。こんな話を知ってしまっては、ミミットという人間の深さ、覚悟の大きさを思い知って怯んでしまうほどで、あまり関わってこなかったことを後悔してしまった。本当に話に聞いていた以上の人だ、私もいつか彼の様に任務に対してこんなにも誠実でいられる日が来るのだろうか。この戦争に対しての揺るぎない正義心、家族への愛。この怪異現象の原因を突き止めて必ず、彼を元に戻す。そうして彼の家族について、この先の行く末について語りたいと、願わずにはいられなかった。
2015.10.31
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502