彼の者の探求

先ほどの道を戻っていったその途中に、控えめにその小さな小屋は建っていた。看板がかかっているから店なのだろうが如何せん雪にまみれてしまっていて文字は読めそうにない。小さな煙突からは細く煙が上がっていて、人の足跡が小屋に向かって細い道を作っていた。こんな場所にも関わらず人は多く立ち寄っているのだと分かり、内心で首を傾げた。町の方へ顔を向ければ木々が邪魔して見えなかったが距離があることだけは登ってきた身であるために分かる。なのにも関わらずこれだけ人が立ち寄るのかとボンヤリと冷たい空気の中で思考する。カラン、とその空気の中に乾いた音が鳴ったので慌てて顔を向ければ黒い背中が店の中に吸い込まれていくところで、走ってその背を追いかけた。




中へ入るとホッと温かい空気が自身の体をふわりと包んだ。そのことに自然と肩の力が抜けるのが分かり、ふぅ、と息をついてしまう。その息が白くないことに違和感を覚える程度には長い時間外にいたのだろうと思い至り、足や手の指先が随分と冷え切っていることにも気が付く。小屋の外観の通りにこじんまりした内装ではあったがオレンジ色のランプの灯りが酷く温かい印象を与えてくれていた。テーブルは深い茶色の木製のもので統一されており、椅子は深緑色の暖かそうなソファーで整えられていた。壁にかけられている小物や、所々に置いてある本棚の本が多彩であるため落ち着いてはいるものの飽きるような色作りではない。客は一人もいないようで、店主であろう男性が笑顔をこちらに向けてくるのみであった。その中でも一番奥に位置する暖炉の近くのソファーに既に腰掛けていた黒い背中を見つけ、靴底雪が付いていないかを確認してそちらへ向かう。近づけばテーブルが二人掛け用の小さなものであると分かりカウンター席もある中でここに座っているという事は一緒に座ってもいいという事だろうとぼぅっとそんなことを思いながら席に失礼した。チラリと私を睨みつけた後に何も言わずにコートを脱いだ彼に倣ってそうしようかと思ったのだが正直まだ寒い。すぐ横に暖炉が赤々と燃えているというのに寒くて仕方がないのだ。結局マフラーすら取らずにソファーに身を沈める。前に回して抱くようにかかえる倶梨伽羅はゾッとするほどに冷え切っていたが、握っている方が心が休まるのだから仕方がない。ソファーの生地は温度を持ちやすい素材なのか衣服越しにだが少しだけ暖かくすら感じられて思考までその柔らかさに沈んでしまいそうなほどだった。


「おい」


「、はい」


しかしそれを咎める様に目の前の男は鋭く声を私に向けた。ハッとするように沈みかけていた意識を引き上げて、背を預けていたソファーから少し身を離す。そんな私に眉を顰めながら苛立ちを隠しもせずにため息をついた彼を私はここで初めてまじまじと見つめた。黒く長い髪は癖の一つもなく真っ直ぐと重力に従ってサラリと流れており、高い位置で結われている。それでも長いという印象を受けるという事は降ろせば相当長いはずだ。
髪というのは案外便利なものであると知ったのは悪魔の事を知っていく過程で学んだ。契約の際に体の一部を要求されるという事は多々あることで、血肉を渡すよりは髪を渡す場合の方が契約は緩くはなるが手軽である。なにより長い髪というのは“縛る”、“結う”などといった行為にも繋がることが多いので悪魔によっては髪の方が拘束力が増す場合もあるらしい。聞いた話ばかりで私自身は試したことも試す気すらもないのだが、知るだけ知っておけと言われた記憶があるから、それで覚えているのだろうとその長い髪が揺れるのを見て思った。
だから祓魔師でいて長い髪の人などざらであったことから、そこまで珍しいとも思わなかったのだがこれだけ濡羽色というのはなかなかにお目にかからないなとは思った。日本人の髪色が黒色が基本だと言ってもそれは真に黒ではないことがほどんどである。よく見てみれば茶を孕んでいたりするのが大抵で毛先に行くほど赤みがかるなどすることが多い。しかしこの人の髪は毛先までしっかりと墨色で、真っ黒い服を背景にしてもその色となんら遜色がないほどであった。こんなにも鮮やかに黒いと、本当に濡れているかのように見えるのだなと橙色の照明に照らされているそれを見て思う。顔立ちもスッと涼しげで、いっそ冷たい印象すら与える。私の周囲にはいなかったタイプの男性だ。


「それ、形見っつってたな」


そんなことを考えてしまっていたせいで一瞬聞き逃しそうになったがそれでも顎で私の抱える倶梨伽羅を指されればなんとか言葉に追いつくことが出来た。その言葉に頷いて肯定を示せば、嫌そうに顔を顰めて彼は黙してしまった。





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投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502