彼の者の探求


遅れて入ってきた餓鬼を見て舌打ちを漏らした。ルイーズが頑なになったのもうなずける。それほどまでに餓鬼の顔色は悪かった。白い顔色に合わせて薄らと紫色に寄った唇の赤。眼球は潤んでふらふらと一定に定まらない。いつぶっ倒れても可笑しくないという状態のそれに気が付いてこんな足手まといを常時見張っていなければならないのだという事を再確認させられて心底うんざりした。席に着いた餓鬼はコートを脱ごうとボタンに手をかけたのだが、手袋をはめたままのその細い指が震えていたのに気が付いたのか、結局そのまま腰を落ち着かせた。店主が注文を取りにやってきたので適当に二人分の注文をする。丁度昼時だと気が付いたのはこの時でランチがああだこうだと勧めてくる店主にそれでいいとメニューを突っ返したからだった。そういえばルイーズがこいつの薬だといって渡されていたのを思い出しコートのポケットからそれを取り出す。
餓鬼は席に着いてからずっと視線を落として俯いており、ともすれば眠ってしまいそうな空気を纏っていた。起こすのが面倒だと思い声をかけてそれを阻止すれば、驚いたというほどでもないが肩を微弱に跳ねさせてこちらに視線を上げる。それを確認してから薬の入った小さな紙袋をテーブルの上に投げ捨てたが餓鬼はそれに気が付きもしていないようだった。
こんなにも弱り切っている癖にその手にはガッチリと刀を握っていて、やはりこんな成りでもこいつは普通とは間違っても言えないだろうなと思った。その方が分かりやすくていい、明確にこちらを警戒しているあたり馬鹿ではないようであるが頭が切れるという訳ではないようだ。こちらの裏を読み取ることや心情を演技で覆い隠すようなまどろっこしい事は出来ないというのは明らかであるし、こいつの感情は明け透けなほどだ。武器を当たり前の様に手元に置くような可笑しな餓鬼ではあるが表情に感情が出てしまうあたり喰えない訳ではない。あのモヤシよりはよっぽど扱いやすいだろう。すぐにまたぼぅっとし始めた餓鬼にふと形見だと言っていたその刀の事を思い出す。目を細めて、少しだけ回顧の表情をしながら愛おしむ様にそれを命だと宣ったこいつに少しだけ感心したのはまだ記憶に新しい。


「それ、形見っつってたな」


そう口にしてから餓鬼が反応を返してくるまで嫌に時間差があって意識が朦朧としているのであろうことが伺えた。しかしその肯定は確固とした意志を込めて返されたのでなんて意地っ張りな奴なんだと思わざるを得なかった。ゆうるりと頷いて見せたそいつの眼は熱に浮かされながらもどこかをじっと見据えるようで、そうしてやはりあの時と同様の懐かしむようなそんな瞳の色をしていた。
正直なところ、何か明らかに抱え込んでいるのであろうこいつの事はどうでもよかったりする。普通に暮らしていれば身に付くはずのない警戒心、牢に入れられても尚保たれていた平常心、なにより殺気を向けても怯まない度胸。どこをとっても普通ではなかった。いや、戦場に、俺たちと同じような場にいるような人間にとっての普通をどうしてかこの餓鬼が兼ね備えているというそれが普通ではなかったのだ。教団にあんな派手に侵入しておいてその原因も経路も未だに謎、にも関わらずコムイがこの餓鬼を生かそうとしているのだから本当にあいつは甘ったれだ。それに俺を平気で巻き込んでくる当たり喰えない奴である。見極めろという任務ではあれ、重要なのは俺の邪魔をしないかどうかでありこの餓鬼がなんであろうが俺にとっては大した問題ではなかった。面倒だから殺しておいた方が良いという意見は変わらないし、教団の奴らの甘ったれた、それでいてこんな奴を兵器として使える期待というのも鬱陶しくて仕方がないのは全く変わりがないが。
こいつがなにを抱えていようが、どんな覚悟を決めていようが、興味はない。けれどこいつに戦う意思があるのであれば。そう、こいつの戦意の灯る瞳を見て思ったのだ。怪しいことこの上ないことには変わりはない。けれどこいつが打算的に言動をできないというのは見るからに明らかであるし(なによりそんな場合ではないくらいに体調は常に悪いらしい)仮に裏切ったとしても確実に仕留めてやれる自信があった。だから、今殺してしまうよりはこんな目をする餓鬼を戦場に立たせてみて、そこで死ぬならそこまで、裏切ったのならその時に殺せばいいと少しだけであるがそういった考えも出てきた。一番の策はやはり今殺してしまうことに変わりはないのだが、時間をおいてこいつの環境が変わってからそうしてやってもいいと、この眼付を見て思わせれた。


「お前、イノセンスは」


「え…?」


心底不思議そうな顔をした餓鬼に、そういえばイノセンスの説明すら未だにされていないのだと思い出して先ほどまでの考えを取っ払ってやはり殺してしまった方が早いと思いなおした。





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投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502