彼の者の探求
神田さんから連絡があり慌てて彼らのいる店まで行けばそれはもう可哀想なほどにボロボロにされた男と強盗でも押し入ったのかと思わされるほどに荒れた店が私を待っていた。これは始末書が大変だと思いながらもそれを微塵も顔に出さずに何があったのかと問いかければ「俺も今から聞くところだ」と顎で男を指した。「お、俺はなにも…!」
「じゃあなんで逃げた」
鋭い眼光で睨みつけられた途端引きつった呼吸音を発して黙ってしまった男を一瞥し、神田さんに目を向ければ仕方ないとばかりに口を開いてくれた。
「出された食事に毒が入っていた」
「え!?」
「ど、毒じゃない!」
「てめぇやっぱりなんか盛ってたんじゃねーか」
ぐっと再び黙ってしまった男は俯いてしまって表情は見えなかったが心底憎々しげな顔をしているであろうことが空気から伝わった。神田さんに至っては額に青筋が浮かぶほどに怒っている様子でその怒気で正直こちらの方が参ってしまいそうだった。荒れた店内を見渡せば、一番奥まった暖炉の目の前の席に相変わらず顔色の優れない螢さんがいたが、限界だったのか彼女に何かあったのかは分からないが椅子にぐったりと体を預けて眠ってしまいそうになっていた。寝ているのではと思ったが時折彼女の瞳がちらりと色を見せていたので起きてはいるようだ。というより寝まいとして必死になっているようにも見える。
結局男がまともな答えを寄越さないと判断したらしい神田さんは大きくため息を吐いて一人で厨房へと向かっていってしまう。少し迷ったが男はしっかりと縛り上げられていたので大丈夫だろうと神田さんについていけば、正解だったようで背中を向けられたまま声をかけられたので慌てて近くへと駆け寄った。
「このなかに“うばたま”はあるか」
「え??」
うばたま。恐らく彼はそう言ったのだろうが如何せん聞いたことのない名だったので首を傾げてしまう。このなか、と言っている彼の目線はまだ調理を終えていない食材が並んでいる棚や籠がある方向であったのでそのなかにあるのかもしれないのだが、うばたまという名だけでは情報が足りない。私の反応の鈍さにちらりと此方に振り返った神田さんは少し思案するように一度視線を宙に燻らせて、瞬きをひとつ、ふたつ。みっつめになった時に口を開いた。
「ペヨーテ、ペヨーテだったら分かるか」
「……え」
しかし、その名前に絶句してしまった。突然出てきたその名前に、ぽかんと口を開けてしまいまた先ほどとは違う意味で反応が鈍くなる。ちょっとまってくれ、この人はいまペヨーテといったか。それが、ここにあるかと聞いたか。
そこまで考えなおして慌てて厨房の食材をひっくり返すようにして広げ、目を走らせる。パプリカ、バジル、トマト、唐辛子、調味料が並んだ棚、乾燥させたシイタケなどが干されている籠。あまり医学に明るくない私ですら知っている有名なその植物なので特徴くらいはわかる。そして籠が並んだ場所の一つに当たり前の様にそれは混ざっていた。その籠を驚きのせいで冷え切ってしまった指先でひっかける様にして持ち上げて調理台の上へとそれを籠ごと置く。そうしてじっくりとそれを眺めながら確認して、間違いがないことを確かめてやっと一息つく。
「慌ててしまってすみません、神田さん」
「それか」
「…ええ、間違いありません」
大事なエクソシスト様にこんなものを食べさせようとしただなんて、考えただけでもゾッとする。神田さんの様子を見るに摂取はしていないだろう。唯一の救いだ、本当に良かった。
「で、どういった類のもんだ、それは」
「…これは乾燥させているので分かりにくいですが小さなサボテンの一種です、ペヨーテは。メキシコあたりが原産だったと記憶しています。私もそこまで詳しくは知りませんがインディアンを中心に治療薬として使用されていましたが……強力な幻覚剤なんですよ、これ」
症状が現れる前に強い嘔吐感を覚えるはずなので神田さんは大丈夫だろうと判断したが念の為食べてしまったか確認する。残念ながら摂取したそれをどうすればいいのかは知らないのだが教団に連絡すればすぐにでも治療法を調べ上げてもらえるだろう。しかし予想通り首は横に振られたので心底ホッとさせてもらったのだが、その安心も一瞬で崩れ去る。
「俺はな」
「……まさか」
「あいつは口にしていた」
「…!?」
そういうことはもっと早く言ってくださいよ!と思わず神田さんに向かって怒鳴ってしまいながら先ほどよりも慌てて厨房を出る。一人厨房に残った神田さんがペヨーテを一つ手に取り、ぽつりと残した言葉は残念ながら私には届かなかったけれど、それどころでもなかった。
2016.3.3
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502