罪の誘惑

ちらちらと視界の端で燻るように燃える暖炉の火が、パチリと音を立てた。
あの後ルイーズさんに何やら色々と言われ、あれよあれよという間に彼に背負われてホテルまで戻ってきたのだが、隣の部屋ではあの店の店主が恐らくだが取り調べをされている。というのも奥の部屋に押し込められて寝ている様にと言われたまま放置されているので隣の部屋がどういった状況か分からないのだ。ただ、酷く苛立たしげに店主を引きずるようにしてここに連れてきたあの人の様子から、あまり優しいそれではないだろうとしか推測できない。そんな彼が昨夜使用していた部屋に押し込められてしまったので勝手にベッドを使うのも渋られて暖炉に火をくべて椅子を使わせてもらっている。
はぁ、と息を吐いて目を瞑ると少しだけ瞼の降りた視界にぶわりと何かが走ったような光の線が残った。烏羽玉の影響だろうそれに眉を寄せたが想像していたよりは軽度だと判断する。

過去、候補生だった時に何度か悪趣味な研究のモルモットにされたことがあった。
単に悪魔とのハーフというだけでも、一昔前では同じように研究対象になっていたらしいが最近ではハーフというのは少なくはない。そうなってくると彼らにも当たり前に人としての権利を訴えられ、次第に倫理的な問題が浮上しそういった研究は大っぴらには出来なくなっていったそうだ。
しかしそれが魔神の子となれば別で、ハーフでの実験が難しくなって久しい頃にまさに飛んで火にいる夏の虫。私は格好の的だったのだ。やれ魔神の子であるならばデータを取らねば、やれ物質界のためだなど耳にタコが出来るほどに聞かされた。
取り敢えず、ヴァチカンは大義名分の元、私で合法的に色々と試したのだ。胸糞の悪い話ばかりなので絶対に詳しくなど思い出したくはないのだがその中の一つに今回の烏羽玉もあった。毒性こそないが過ぎるほどの幻覚作用故に使用制限が厳しい薬物。一重に味を覚えていたのは今後が無いようにという防衛本能のお陰だろう。あぁ、あとは…父と兄のお陰だ。
ヴァチカンへの招集命令はどうあっても避けられないもので、私だけは早々に落胤として認知されていたからなおさらだった。物心ついた時には既にヴァチカンへ足を運んでいた記憶があるからどういった経緯で私がそうだと露見したのかは知らないけれど、父にはよく言い聞かされていた。


『いいか、苦しいと思うがどうか耐えるんだ、あいつらの言う事を黙って聞いて従うだけでいい』


帰ったらうんと甘やかしてやるからな、そう言いながら髪をぐしゃぐしゃにされるまで撫でられる。その時は目も開けられないほどに勢いよく、それこそ動物相手のような撫で方をするものだからとてもじゃないけど父の顔なんて見えなくて。けれども一度だけ、ちらっとだけ見てしまった事がある。酷く悲しそうな、苦しそうな、死んでしまうんじゃないかと思うくらいに息苦しそうな、そんな表情をしていたのを見てそれからは絶対に、父にそう撫でられているときは目を固く瞑るようにした。
記憶にある自分に倣って、ギュッと固く目を瞑ってみたけれど暖炉の火で透ける様に赤く染まった瞼の裏には依然として光が走っている。キラキラ瞬くなんてメルヘンなものでもなく、輪郭がぼんやりと黒光りして写真のフラッシュが残ってしまったかのような違和感だけを残していく。視線で追いかけようとするとすぅ、っと流れる様にして逃げてしまうせいで余計に気にかかるが収まるのを黙って耐えて待つしかなかった。
残念ながら烏羽玉の対処方法に用いるシナモンやら蜉蝣を閉じ込めたビンもここにはない。用意してもらえるとも思えないので効果が切れてくれるまで待つしか対処のしようがない。本当に幸運だったのが幻覚を見るほどの量を摂取しなかったことだろう。

本当に、不幸中の幸いだ。
きっと今幻覚を見てしまうとしたら、それは私の願望だろうから。




 - return - 

投稿日:2017/0502
  更新日:2017/0502