罪の誘惑
うつらうつらとしてしまっていた時に、隣の部屋からカエルがつぶされた時のような声が聞こえ、驚いてしっかりと覚醒した。一瞬幻聴かとも疑ったがあの量で聴覚にまで影響が出るとは思えなかったのでその線はすぐに消した。耳をそばだててみればルイーズさんの声が薄らと聞こえてきて何やら口論になっているのかと思ってしまう。そんなに薄い壁ではないだろうから、彼の声だと分かるほどに聞き取れるという事は声を張っているのではと思ったのだ。案の定というか聞こえる口調は少し荒々しく思えた。案外時間が経過していたのか、体の節々が少しだけ固まったようで、それを伸ばすために体を起こす。だるい、かもしれない。眉間のあたりになにかモヤモヤした熱っぽいものが纏わりついて思考を邪魔するようだ。背筋を反らし、天井を見上げる。視界にチラリと棚の上に止まったままのあの蝙蝠もどきが見えて、ジッと目が合う。横目に見えたそれはただ静かにそこにあるだけで、もうずっとそのままなのであろうことが伺えた。耳に届く隣の部屋からの声をBGMにボンヤリとそれを見つめていたが置物の様になんの変化もなかった。この部屋で生きているのは、暖炉の炎くらいだろうか。顔を反対に向け、暖炉を視界に映す。ちろちろと炎の舌を新しい薪に伸ばしていたのか、先ほど見ていた時よりもだいぶ穏やかな炎になったように思う。
炎を見るたび、思い出さない様に意識しなければならない思い出と、あの潔い程の深い青がちらつくのはもうどうしようもないのだけれど、温かいと思う気持ちは嘘ではない。もっと簡単な話ならばよかったのにと思う時がある。そうすればこの倶梨伽羅も、ただの形見であったはずなのに。…いや、そう簡単な話であればそもそも倶梨伽羅自体、いらないのか。きっとそうであれば良かったんだと思う。そうすればこんなにも一つの事に沢山の感情を抱かなくて済んだ。
「(なんて、ないものねだりもいいところだ)」
きぃ、と私と炎だけの部屋にそれ以外の音が侵入してくる。頭の奥で不快なピエロの笑い声を聞いた気がした。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502