死海に揺蕩う
突然食事が缶詰めになった。一瞬え、私なにかしでかしただろうかと思ってしまったがルイーズさんも自分の分の缶詰を持っていた為にそうではないとすぐに分かった。今日の朝まではホテルのルームサービスを取っていたというのにどうしたのだろうかと思ったが、差し出されるままに缶切りを渡されてしまってその疑問がさらに増幅した。どう見ても新品のそれは綺麗な光沢を保ってヒンヤリと外の気温を孕んだままだ。
魚、だろうか。缶の外を薄い紙が一周回っていてそこに魚のイラストが描かれていたから多分そうだろうが、紙は缶に巻いてあるというだけなのか紙だけが缶を滑るようにして回る。テーブルに置かれた大皿には固そうなパンがいくつか並んでおり、パンに合う魚の缶詰なんだろうな、とボンヤリと思った。
どうして、そう聞けば済む話だ。しかしそれをしないのはきっと、それを良しとしない雰囲気を黒髪の彼が纏っているということもあるが、それ以上に私が聞きたいことはそれだけではなくて、寧ろ聞きたいことだらけであることが一つ一因としてある。聞いてもいいのだろうか、聞いて答えが、真実が返ってくるのだろうか、聞いてどうするのだろうか、あれもこれも聞きたいことが多すぎて何から聞けばいいのかすら分からなくなってきているほどだ。
私はずっと聞かずにいる。どうして急に缶詰めに、どうして急にこの町に、どうして急に外国に、どうして私は今ここに。
始めはきっと、聞く余裕すら私にはなかったのだと思う。それ以上に現状についていくことにやっとで、理解したところで疑問がまた増えて。尋ねたところでそれが真実かどうかも判断できないのに、私が知らないという情報を相手に与えるのは得策ではないのだから結果としては良かったのかもしれないが、もういい加減に情報不足にもほどがあった。何のために私が今この場所にこの人たちといるのかも、いつになったら帰れるのかも、そもそもここはどこで彼らが何者なのかもすべて私は知らないのだ。まあ同時に、私が尋ねなかったことで彼らもまた私を同じくらいには知らないのだという事も分かったのだから、私にしてはきっと上出来だったのだと思う。聞かぬは一生の恥、だなんていうがなんでも聞いて答えが返ってくると楽観できるほど私は子供ではなかったしそこまで彼らを信用できていなかった。
いや、今もまだ、お互いに信用とは程遠いところにあるのだろうけれど。
そう思い至って苦い笑みが浮かびそうになった、こうして暫く会わなくなっただけでそう簡単に思えてしまうほどに私は薄情だった。あれだけ良くしてもらえたというのに、だ。思い浮かぶのは何度か食事を共にした笑顔の眩しい彼女で。けれど自分が思いつく限りでそんなリナリーさんに笑顔を返した記憶もなかったのだからそういうことなのだ。
そう思ったときに、ほんの少し痛いと思った自分が浅ましいと悲しく思えた。
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502