死海に揺蕩う
「ええっと…つまり?」「だから、今回はリナリーが神田君のところに迎えに行ったよ」
受話器を下ろしたコムイさんの電話相手は神田だった。それはすぐに分かったのだがその場にどうしてか呼ばれ、コムイさんの声を聞いているだけだった僕が、彼が電話口に話した内容にコーヒーを噴き出しかけた。げほげほと噎せている間に電話は終わったらしく、ニコニコと笑っているコムイさんに詳細を聞こうとカップを机に置いて首を傾げれば曇りのない笑顔でそう返された。
―――螢ちゃんはそっちに向かったリナリーに任せて、君は次の任務に行ってくれ
確かにコムイさんはそう言った。任務に出ている間にここから出ていってしまっていた螢に心底驚いたし、なによりあんな体調なのに一緒に行ったのが神田だと聞いてそれはもう心配でたまらなかった。自分の与り知らぬところで勝手に物事が進んでいるというのは心底不快だと思った瞬間だった。彼女へのお土産にと買ってきたはずの菓子も結局自分で消費する羽目になったし、彼女の現在置かれている環境の詳細が分からないうえ、劣悪だろう事が同行者の名前から分かっていても経ってもいられなかった。それでも大人しくそちらに向かわなかったのは自分には別の任務がまだあったし、螢が向かった先はAKUMAはいないと教えられたからだ。それに、コムイさんがいかに身を削って中央府に掛け合ったのかも、リーバーさんに聞いてそれを壊してしまえなかったのも大きかった。
「厳しいかもしれないけれどね、アレン君」
「、はい」
「彼女はもうエクソシストとしてここで生きていくしか、生き残れないんだ」
「それは」
「ごめんね」
そんな、そんな風に謝ってほしい訳じゃなかった。でも、帰る場所があるのならばそこにかえしてあげたいと思っていたのも事実で、なにもしらない普通の女の子がこれからAKUMAと戦わなければならないのかと思うとやるせないのだ。けれど、リナリーから少しだけ聞いていた彼女の過去とコムイさんの事を思ったらそんな言葉絶対に言えなくて、胸の中で燻らせて口ごもることしか出来なかった。
「だから、彼女が死んでしまわない様に強くしてあげてほしいんだ」
「強く、ですか」
「うん、まだイノセンスの使い方も分かっていない状態の螢ちゃんを教団の外に出すのも危ないのは分かってるけれど、中央はそこまで待ってくれない」
「……」
「勿論一人で任務になんて行かせたりしない、歳の近い君たちに任せることになると思うんだけど…頼んでもいいかい?」
本当に、あの子はこれからAKUMAと戦わなくてはいけないんだろうか。どうしてもそうしなければいけないんだろうか。できたらあんな恐ろしくて悲しい悲劇を目にしてほしくはないし、僕たちが守っていく世界の一部でいてほしかった。でも、それが叶わないというのなら。
「分かりました、でももう神田に任せない方がいいですよ」
冗談を言うようにそう笑って言えば、疲労を隠せないほどに窪んだ眼で力なく笑うコムイさんに、恐らく正しい答えを渡せたのだろうとホッとする。この人がとても頭がいいのはもう分かっているのだ、きっと今の現状が精いっぱいの最善で、これ以上ないくらいの螢の環境なんだろう。
だったら、その中で僕がしてあげられることをしてあげればいい、僕らが守る世界の一部として彼女を案じるのではなく、仲間として彼女を支えていくのがきっと、正解に近いんだろう。それを頭で理解は出来てもどこか引っ掛かりを感じる僕は、まだ周りが言うように子供なのだろうかと、すっかり飲めるようになったコーヒーを煽ってそう思った。
2017.2.6
投稿日:2017/0502
更新日:2017/0502