香炉のなかに忍ばせて


雪に反射する光とはこんなにも攻撃的だったか。そう思うのはここ最近の朝の日課で、ぎらぎらと地面を反射する太陽の光がすっかりと町を照らしているのを見るとああ日常が流れているのだなと実感を得た。未だに缶詰を食べる生活をしているがその訳もあの質問の意味も、あの時の男がどうなったのかも知らない私は只管に息を潜めてこの部屋で時間が過ぎるのを待つことしか出来なかった。ここでこのまま飼い殺されるように時間を浪費するのだろうかという馬鹿な考えが浮かんだのは余りにも暇で、余りにも時間の流れが穏やかだったせいである。
ナナカマドと烏羽玉の併用によって引き起こされる症状、本来ならば夢喰い(バク)の対処に使う薬学による祓魔である。そんなことも知らずにエクソシスト?と思ったのも確かだしイノセンスがどうとか、悪魔はそれでしか“壊せない”だとか。戦争だとか。気が付いたらあの男の人はこの宿からいなくなっていたらしく、ルイーズさんがゆっくりとした英語でそれを教えてくれるまで私はそのことに全く気が付かずにいた。しかしお陰で考える時間は沢山あった。町にいるゴーストをボンヤリと眺めながら沢山、考えたのだ。
恐らく、私の思うエクソシストと彼が言っていたエクソシストは違うものなのだ。でないとあんな言葉が出るとは思えないしなにより羅索をさしてこれで悪魔を壊せなど、本当の本当に私の事を知らないと言っているようなものなのだ。だからこそ、私を知らないという事に関しては信を置くことにした。彼らは、本当に知らないのだと。

そして何よりの一番重要な事件である。とんでもないことに私は気が付いてしまった。
ある日ルイーズさんがあまりに時間を持て余していた私を憐れんでくれたのか新聞をくれた。勿論それは英語で書かれていたので読めるところだけありがたく読ませてもらおうと受け取り、そしてその印字された日付に悲鳴が出るほどに驚いたのだ。もしや、とは多分どこかで思っていた。どこかレトロな街並み、技術が遅れている生活水準。それらを加味してそれでもあり得ないだろうと考えもしていなかったそれを目の前に叩きつけられて驚きと恐怖が一気に押し寄せてきたようなそんな心地だった。私が生きていたのは、21世紀初期。
それがこの新聞の日付では19世紀末を示していたのだ。
なんの冗談かと思った。けれど、まさに自分の所属する団体のトップがそういう悪魔なのだ。時を司る、そんな悪魔。荒唐無稽と思われようがそれが私の日常だったお陰でこんなことがあっても何らあり得ないことではなかったので混乱はすぐに収まり、事態を受け止めることが出来た。そう、自分はどうやら随分と過去に飛ばされてしまったのだと私はやっと自分の置かれた状況の一端を知るに至ったのだ。

考えられる可能性として、自分の記憶が曖昧な点からなにか突発的な事故に見舞われそのせいでこんな場所に居るというある種原因不明の事態。または先にも言った時を司る我らが長に面白おかしくここに飛ばされたという愉快犯による犯行。後者ならばまだ、いやよくはないが前者よりはまだいい。気まぐれで起こされたものならばおそらく気まぐれで帰してもらえる。前者ならば最悪、私が過去にいるという事態にだれも気が付いていないなんてこともあり得るうえ、戻り方も検討が付かない。最悪である。
そしてこの過去に飛ばされたという事実に気が付いたと同時、私はとんでもない可能性にすぐに思い至ってしまった。
もしかして、いま私が身を置いている団体は正十字騎士団の先駆隊なのでは。
いやしかしだからと言って英語圏で悪魔をAKUMAと表記するなんてことも、イノセンスなんて言葉もなかったはずだ。正十字騎士団の歴史は長い。その分きちんと文献として過去のあり方も記録され残っているのだがやはりこの団体を正十字騎士団の過去のものとするには些か違和感がぬぐえない。それこそ私の思うエクソシストと彼らの言うそれのズレが埋まらないというのがその答えであろう。別組織と考えた方がよほどしっくりと来る。

しかし一歩進んだことは事実、遅々とした歩みであったとしてもそれは確かな事で喜ばしいことである。眩しい光に瞼を細くしながらそんなことを考えていた時に、来客を知らせるベルが鳴った。




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投稿日:2019/0126
  更新日:2019/0126