香炉のなかに忍ばせて



少しだけドキドキとする心臓は正直で、この緊張は久しぶりに会えることへの期待と不安からのものだった。流石に忘れられているということはないと思うけれど、それでも最後に見送った時の青白い顔が今にも消えてしまいそうだったことが鮮明に思い出されてしまうせいで記憶が曖昧になっていないとは明言できないのも確かだった。
それに、今後の事を思うとどうしても不安に駆られてしまう。仲間になれるのならば嬉しいなんて思っていたけれど、いざ本当にそうなると本当にいいのだろうかと悪夢の様に私にそっくりな誰かが囁いて問いかけてくるのだ。「あなただって望んでここに来た訳でも無いのに、本当にいいの?」そうしてその声の主はクツリと笑って私の影に溶けていく。もうあの子は、螢は逃げられない。何があっても私たちの仲間でそして家族となる。螢が望もうが望むまいが関係なく、無情なほどに強制的にそうあれとされる。
であれば出来るだけ暖かく優しく迎え入れたいし不安を無くしてあげたい。アレン君の時は、それこそ特殊でああして自らの足で教団のエクソシストとしてやってくる人と言うのは本当に少ない。それに加え、同年代のそれも女の子なんて初めてのことなのだ。
そう、だから、仲良くなりたい。切実にそう思っているのだ、本当に。けれどインターホンを鳴らした先に神田がおらずそんな考えが飛んでしまうほどに驚いてしまった。


「え!?嘘でしょ!?神田いっちゃったの?」


「そうなんです…もう三日も前に、本当にどうしようかと思いました」


なんと神田、螢を護るという任務もあったはずなのにそれを放棄してすぐに次の任務先に行ってしまったらしい。本来ならば私にしっかりと引継ぎをしてほしいところだしそれ以前にまだイノセンスを使えない螢を一人放置していったという事にゾッとしてしまった。何事も無くて良かったが、それは結果論である。なによりまた立場の安定していない螢を一人にしてしまうことで生じるリスクだってあるのに。ルイーズはファインダーであるしあまり詳しくは聞かされていないようだったのでただ、言葉の通じない不便さだけに困っていたようだったのでそこまでストレスにはならなかったようだが。これからすぐにでも発つつもりだと告げて、準備だけ進めておいてほしいとお願いをする。快く受けてくれた彼に見送られながら螢のいるという部屋の戸をノックする。


「まだ寝てるかしら…」


「いえ、起きていると思いますよ、最近は顔色も良くなってきてたんです」


ほのぼのと笑うルイーズの言葉に心底安心しながら、確かに戸の向こうで気配が動いているのを感じてコクリと喉が上下した。笑顔、笑顔で再会するって決めていたんだから、笑顔で。言い聞かせるようにしていると遂に扉がゆったりと奥へと引かれていく。その隙間から眩い程の朝日と共に螢がちらりと顔を覗かせた。その瞳の澄んだ色に、思わず息を呑んでしまう。あれ、こんな色をしていただろうか。ルイーズの言葉通り顔色に血の気のある彼女の頬は薄らと桃色で、サファイアの色をした瞳がころりと丸い。
こんなに、小さい子だっただろうか。


「リナリーさん?どうかしました?」


「あ、ううんなんでもないの!久しぶり螢」


覚えてる?と今度こそしっかりと笑みを浮かべてゆっくりと問いかければしっかりと通じたようでこくりと首が縦に振られた。そのしっかりとした反応にああ本当に元気になってくれたのだとホッとしつつ、少しだけ涙が出そうになった。






 - return - 

投稿日:2019/0126
  更新日:2019/0126