ピエロの行方
全く遠慮もなくレイルスをガシガシと洗い満足したナミは、いざ着替えのタイミングでナミが選んで持ってきた服を見てレイルスが盛大に顔を顰めたのに気がつき思わず笑った。想像と違わぬ反応だったのだ。「いいでしょ別に、もう寝るだけなんだし」
チューブトップにショートパンツ。辛うじてシャツもあるが網が大きく向こう側が透けている。露出の多いそれに対して慣れないと言うのもあるのだろう、レイルスはむむ、と顔を顰めたままだ。それに構わずにナミはレイルスにチューブトップを手早く着せていく。たっぷりと水分を含んだ金色の髪は、洗っていても思っていたが本当に美しく何度見てもうっとりとしそうになる。お湯で温められて、レイルスの体にある傷跡が赤く浮かんでいたがナミはもう気にしなかった。
「寒かったら羽織も出すから、取りあえずさっさと着て」
借り物に文句を言うのもよろしくないだろうとレイルスは大人しくそれらを纏っていく。レイルスは知らないが、服はナミとロビンがレイルス用にと買ったものばかり。それも2年前にシャボンディでレイルスが換金を行なってナミに渡した5000万ベリーの中から出したものなので、本当にレイルスのものといっても過言ではなかった。
タオルで髪の水分を取りながら、ナミは思ったよりは痛んでいないなと観察をする。半年間でかなり痛んでしまったが、それまではハートの海賊団でイッカクが齷齪とレイルスの髪の手入れをしていたのでまだその名残が残っていただけである。今の惨状をイッカクが見たらレイルスはぶん殴られるほどに当時と比較すると荒れていたが、レイルスの髪質も幸いして潮風に晒されても手入れをしていない割には傷んではいなかった。
「はい、目瞑って」
「ぶ」
目の前にスプレーを突きつけられてレイルスはぎゅっと目を瞑り潰されたような情けない声を出す。鼻の頭に皺が寄るほど強く目を瞑られてナミは笑いながら、化粧水を吹きかける。そのまま遠慮なくレイルスの顔に馴染ませるようにペタペタと手を当てがった。お風呂で暖まったからか、レイルスの顔色は今まで見たことがないほどよろしい。血色が戻った頬は元が色白だからかうっすらと桃色に染まり、唇にもその色が灯っている。美容液を手に取ってレイルスの顔に塗り込みながら、されるがままになっているレイルスを見て、この流されやすさは変わらないんだなとナミは呆れのため息を漏らした。
「ルフィとは話せたの?」
「多少は……ただそれどころじゃなかったっていうか」
「号泣だったもんね」
はは、と笑うナミに笑い事ではないとレイルスは眉を下げた。お風呂に入る前にもレイルスの肩がぐっしょりと濡れているのを見て笑っていたナミだが、船長が泣かされていたと言うのに気にならないのだろうか、とレイルスは胡乱げな目を向けてしまう。それをどう捉えたのか、ナミは「あいつ案外泣き虫よ」とほくそ笑む。
「それにエースのことならまぁ、無理もないでしょ」
「……なんでわかったの」
「は?いってたじゃないルフィが」
レイルスは自分にも化粧水を吹きかけているナミを驚きの顔で見た。まさかあの濁音まじりの泣き声の中の言葉を正確に聞き取ったと言うのか。麦わらの一味、特にイーストブルーから一緒に来ているメンツはルフィのアレには慣れっこなのであの状態でもルフィが何をいっているかは大抵理解している。それを知らないレイルスはナミがすごいのか、とズレた関心をした。ゾロもルフィのあの言葉の中で「俺のせいで腕が」というものを聞き、レイルスの隻腕の理由をぼんやりと知るに至っていた。
「なあなあにしたくないから、敢えて言うけど」
するりとナミが持ち上げたタオルの白がレイルスの目に嫌に焼き付いた。
「頂上戦争で、レイルスがルフィと一緒にいたって知ってどんな気持ちになったと思う?」
パサ、とタオルを頭にかけられてレイルスは薄暗くなった視界の中で瞼を下ろす。先ほどとは違い、頭の上を左右に動くタオルはまるでゆりかごのような速度で柔らかくレイルスをそっと撫でる。右に、左に。レイルスの毛先からぽと、と水滴が落下する。
「新聞で、あんたの腕がなくなったって知って、どれだけ後悔したと思う?」
持ち上がりそうになる瞼を、レイルスはそうとはわからないように懸命に瞑る。
「あれだけ助けてもらったのに、私はあんたのこと何にも知らなかったんだってどれだけ落ち込んだと思う?」
責める言葉の割に、口調も声色も全く正反対。ぬるま湯に浸かるような穏やかなナミの言葉が沈んでいくようにレイルスの胃の奥へと落ちていく。キュ、と頭に乗せられたタオルが下に引かれる気配。薄らと開いた瞼の先で、ナミの両手がタオルの両端を持っているのが見えた。
「話したくないことを言えとは思わない、レイルスが言いたくないなら別にいいと思ってたけど、それにしたって秘密がすぎるわ」
レイルスはそこで初めて思い至る。もしかして、彼らはレイルスを単なる一時的な居候以上として思ってくれていたのではないかと。パンクハザードで再会してからの彼らの言葉を、態度を走馬灯のように思い出す。どれもこれも、レイルスの無事を、再会を喜んだものばかり。
利用価値があるから、いや違う。だって麦わらの一味はほとんど錬金術に対して聞いてこなかった。ルフィなんてそのことを一度も聞いてきていない。
助けてもらった、なんてこちらのセリフだ。とレイルスは呆然と思った。全く知らない土地に「飛ばされ」、右も左もわからずにいたレイルスを、途方に暮れる暇もなく振り回して、前を向かせてくれたのは紛れもなく彼らだ。
レイルスは今度こそ、観念したように静かに息を吐き出して、片手で目元を覆う。レイルスは2年前の彼らとの記憶を少しずつ思い出して、同時に当時も抱いた葛藤を思い出した。
「……話せることと、話せないことがある」
「誰だってそうでしょ」
「明るい話でもない」
「ハナから期待してないわ」
「話したとしても、必要以上に踏み入られるつもりもない」
「……あのねぇ」
ずる、とタオルが取り払われる。思わず手を外したレイルスの視界が明るくなって自然と俯いていた顔をがっしりと掴まれて顔を上へとあげる。
「良いから話せって言ってんでしょ!」
こちとら海賊、そう言外に含まれているように不敵な笑顔。だいたい、レイルスの気持ちをどうにかするのは船長の仕事だ。ニッと笑うナミにレイルスは片手をあげて「こうしゃん」と頬を潰されて尖った唇のまま白旗を挙げた。
投稿日:2022/0503
更新日:2022/0503