ピエロの行方

 甲板へと料理を運んでいたサンジがダイニングキッチンに戻ってきたことで、ウソップが「よし」と立ち上がる。
「そんじゃあ、第一回レイルスへの質問大会〜!!」
 ズル、レイルスはずっこけそうになりながらダイニングテーブルを囲う面々をジトッとした目で見つめた。ウソップの掛け声とともに乾杯まで始めているのを見てレイルスはナミへと思わず目を向ける。「暗い話ってわかってるのに重い雰囲気で話したくないじゃない」というナミはあっけらかんとレイルスにウィンクまでする始末。レイルスはうーと唸ってしまった。別にいいのだが、これはこれで話しにくい気がする。どこまで何を話すか、レイルスは悩みながらもできる限り聞かれたことには答えるつもりでいた気持ちが萎えていくのを感じていた。レイルスはナミがそこまで織り込み済みでこの場を用意したと言うことに全く気がつくことなく疲れた顔で息を吐いた。
 言いたくないことを無理に言わせたくない、その思いは麦わらの一味の総意だった。ルフィだけは少し面倒そうに「えぇ〜」と口を尖らせている。ルフィにとってはレイルスが今この場にいればなんだっていいのだ。過去の事など、この男にとっては常に些事でしかない。
「錦えもんさんとモモの助君、それとシーザーは甲板に出てもらってるけど、トラ男君はいいの?」
「同盟だし、レイルスも2年前助けてもらってんだろ?ならいいだろ」
 トラ男という名前が一味に定着しつつあるのを見てレイルスはそろ、とローを見た。案の定ピクリと眉間に皺を寄せていたが特段口にするほどでもないのか、沈黙したまま。レイルスが2年ほど前にローの質問を蹴ってから、律儀に詮索をしてこなかったのを思うに、レイルスが最初に話したいと思っていた相手のことも筒抜けだったのだろう。だからこそこの場に黙っているのだろうが。
「はいはい!ウソップ行きます!!」
「おーいいぞいけウソップ〜!!」
「手配書のエルリックってどういうことだったんだ!?お前はホーエンハイムじゃないのか!?」
 ハイテンションのまま、ウソップがあげていた手をビシリとレイルスへと向ける。あれ、レイリーに聞かなかったのだろうかと思いながらもレイルスは素直に答える。
「母方の姓」
「サラッと答えたー!」
 ウソップがギャンと叫んだ。はぐらかされることもなく応えられるとそれはそれで狼狽えるらしい。2年間悶々とさせられた側としてはレイルスのあっさり具合の方がおかしいのだが。
「じゃあじゃあ、ホーエンハイムは父親の名前なのか?」
 チョッパーがピョコ、と跳ねながら続けて質問を飛ばしてくる。それに頷くレイルスに、ルフィが「へー」と大量の肉を口に詰め込みながら初耳だ、というリアクションをした。最初にレイリーにこの話を聞いているのはルフィである。
「手配書ついでに、一つ」
 サンジがキッチンのカウンターに寄りかかりながら声を出す。咥えていたタバコの灰を落としながら言葉を選ぶように一瞬口を閉じる。レイルスの服装に鼻の下を伸ばしそうになりながらもなんとか耐えて言葉を続けたサンジに数名が少しだけ感心した。とは言ってもレイルスの服装を見て真っ先に鼻血は噴いているのだが。それが面倒でナミも早々にレイルスへ上着を羽織らせた。
「鉱ってのはなんでついたか分かるかい?」
「国でそう呼ばれてたのをそのまま使われた」
 ん?とサンジの顔に疑問符が浮かんだのでレイルスは言葉を続けた。
「軍の犬って証明、身分証明書取られてたみたいで……エルリック姓も二つ名も、あと写真も入れてたから」
「軍……軍!?」
「そういや軍人っつってたな」
 全員が驚く中、ゾロだけがああ、なんてそんな言葉を吐くものだからナミから「なんでそういう大事なこと言わないのよあんた!」と殴られていた。サンジはまさかレイルスが軍人、それも言葉尻から国を守る兵だとは思ってもいなかったためギョッとしてついレイルスを直視してしまって「戦えるレディもさいっこうだぁ〜!」とメロリンとクルクルと回ってキッチンの床に倒れた。ローもまさか軍人だとは思ってもおらず、へぇと面白そうに悪い笑顔を浮かべた。
「随分厳つい二つ名だな、俺は好きだが」
 フランキーがにや、と笑いながらこぼした言葉に、答えるか迷ってレイルスは結局口を開く。
「とびっきりの皮肉だよ。磨けば光る、『見込みあり』っていうね」
 本当にひどい皮肉だ。当時はまだ国の裏側を知らなかったレイルスだが、知った後、この名を与えた本人からこの名前の意味を告げられて反吐がでそうなほどに気分を害したことを思い出して顔を歪めた。まさか当初から「候補」として目をつけられていたなど、思ってもいなかった。訳ありらしいと気がついたフランキーは「そうかい」とコーラを喉に流し込んだ。
「シャボンディでレイリーがああも警告していた意味は?」
 ナミに殴られた頭をさすりながら、瓶のまま酒を煽るゾロ。ローも気にかかる内容に静かに足を組み替えた。
「さあ」
 しかしレイルスは簡単に首をかしげただけ。ずる、とゾロの肘がテーブルの上を滑った。
「さあってお前……」
「はっきりしない、正しくは私もわかっていない」
 2年前はある程度検討をつけていたレイルスだったが、半年前に青雉にもたらされた情報によってそれが決定的に揺らいだ。そのためレイルスも首を傾げるしかない。加えてあまりにも高額な懸賞金額、生死を問わないというその手配書はレイルスの当時の予測とは矛盾するものだったのもレイルスの思考を鈍らせた。2年前のレイルスの憶測ーーつまりはアメストリスでの指名手配と同様の理由では、死体でも可能なんて手配書が出るはずがないのだ。大事な大事な人柱候補、うんざりするほど言われた言葉だ。
「生まれがどうとか言ってませんでした?」
 ブルックがズルズルと紅茶を啜りながらあれ、と首を傾げる。よく覚えているなとレイルスは感心しながら頷く。
「それはあると思う、前にも言ったけどこの目と髪の人間を身内以外に知らないし……レイさんも頑なに隠せって言ってたし」
「目立つもんなぁお前」
 ルフィがあはは、と笑いながらレイルスを見る。
「私も一ついいかしら」
 ロビンが申し訳なさそうに眉を寄せる。
「この2年で、私もあなたから聞いていた国を調べたの」
 レイルスはその言葉に驚いてロビンを凝視する。ロビンは苦笑を深めて、それでも首を横に振った。
「どれだけ調べても、レイルスが教えてくれた国の名前は一つも出てこなかった」
「……どういうことだ」
 レイルスが口を開く前にローが低い声で問いかける。ローはてっきりイーストブルーにある国名だと思っていたのだが、イースト出身の海賊である麦わらの一味がレイルスの出身国を知らないとはどういうことかと顔を顰めた。沈黙を保っていたローが口を開いたことにレイルスは一瞬目を向けるも、肩から力を抜いて背もたれに寄りかかった。
「過去の文献や新聞、いろいろ探したわ……でもどこにもなかった」
「そりゃね」
 ずり下がりながらレイルスはぼやく。まさか、そんなことまでしてくれていたとは思ってもいなかったのだ。どう説明したことか、とレイルスは唸る。
「……アメストリスという国で生まれ育った、それは事実で嘘偽りもないよ、でもないんだ」
「ない?」
「ない」
 説明のしようがないとレイルスが悩んでいる間に、聞いている全員が綺麗に勘違いをした。もしや、無くなってしまった国なのかと。麦わらの一味はロビンのオハラの件もあり、政界政府が簡単に国を消しとばしてしまえることを知っていたし、ローの故郷も似たようなものだ。
「いい、いいわ、ありがとう」
「え、うん……」
 レイルスが悩んでいる間に勘違いはそのまま彼らの中で完結してしまった。よもや、誰も世界そのものが違うなどとは思いもよらない。レイルスもだからこそ説明を渋ったのだ。ごくりとルフィが飲み物を飲み込んだ音が嫌に響いた。
「んで、レイルスはどこに行って何をしたいんだ?」
 重い空気を飛ばすようにルフィの普段通りの声がレイルスの耳に届く。ルフィはそれさえ知ることが出来れば後のことはなんだってよかった。知りたいのはこらからのことだ。
「国には帰れないんだろ?」
「うん」
 迷いなく頷くレイルスに数名、顔色を悪くする。実際レイルスはもう帰ることをすっかり諦めていた。あれだけ帰らなくてはいけないと言っていたレイルスのことを知っていたナミとロビンは思わず視線を落としてしまう。
「……まず、パンクハザードにいた理由から話そうかな」



 - return - 

投稿日:2022/0505
  更新日:2022/0505