ピエロの行方
「半年前かな、青雉にあって」
「ちょっと待て」
思わず話を止めた麦わらの一味にレイルスは首を傾げる。最初から爆弾がデカすぎてルフィでさえもあんぐりと口を開けている。
「青雉!?」
「なん、なんで!?お前よく無事だったな!?」
ウソップが口に手を当てて悲痛な顔を浮かべる。2年前にあった大将、青雉と同時に黄猿のことも思い出してうっかり想像で失神しかけたのをフランキーに背中を叩かれて強制的に現実に引き戻された。その代わりにウソップは椅子から盛大な音を立てて落下した。「容赦してやれよ」とゾロがフランキーに引いた視線を向ける。フランキーもそんなに力は込めていないのでウソップが驚いて派手に吹き飛んだだけである。
「探されてた?みたい」
ローは当時を思い出してげっそりとした。麦わらの一味も大概だと思っていたが、大将の名前に警戒心を出す程度には常識はあったらしい。それに引き換えこの女。ローは全てを察したような視線をロビンから向けられて舌打ちをこぼした。
「元海軍大将とあって色々知ってて、軍の方での怪しい動きを教えてくれた」
「な、なんだか規模が大きいですね?」
「……そうだね」
ブルックがガタガタ震えながらそうぼやく、半ば魂が抜けているブルックに一瞬驚きながらもレイルスは苦笑を返した。ローも気になっていた話をレイルスが自らし始めたのもあってグッと気を引き締める。
「頂上戦争で……まあ、それなりに怪我をして」
「なにがそれなりだ」
ローが思わず苦い顔でツッコミを入れる。あのレベルをそれなりで済ませるなという釘でもあったがレイルスはそれはいいよ、というように手をひら、とさせただけで話を続行させた。ピキリとローの額に青筋が浮かんで、チョッパーが震え上がった。レイルスはハートの海賊団にいた日々のせいですっかりローのことに慣れてしまったが、ローの形相はそれなりに恐ろしいものである。真正面からローの極悪面を浴びたチョッパーはピルピルと震え続けた。
「当たり前だけど血だって出たし、地面を汚した……そこから私の『遺伝子情報』を海軍で回収したらしい」
「遺伝子?」
「金髪金瞳……レイさんが散々隠せって言ってたこれを持つ人間を作ろうとしてるらしい」
「は?」
とんでもない話にローが一層低い声で唸った。麦わらの一味も驚愕の話に、顔をギョッとさせている。レイルスは聞かれる前にと「目的はわからないけど」と予めつたえてから言葉を続ける。
「ただ、海軍も一枚岩じゃないらしく軍の施設でその実験は頓挫……代わりに」
「裏で海賊と取引でもして、その実験を進めたってわけね」
「当たり、巡り巡ってシーザー・クラウンに依頼した」
「はあ!?」
チョッパーとナミが声を荒らげてガタリと立ち上がる。先ほどまでの和やかな空気はすっかりと霧散してしまっていた。ピリリと張り付いた空気にレイルスはヘラッと笑う。
「気持ち悪いでしょ」
「……あの実験室がそうだったのか?」
ふと、ゾロが声を出す。パンクハザードにてレイルスが引き抜こうとしていたコードを切ったことを思い出したゾロは、「多分」と頷いたレイルスをみてゾッと背筋に走る悪寒に顔を白くした。レイルスは目的はわからないと言っているが、海軍で却下が出た実験など碌でもないに決まっている。何せパシフィスタの実験は堂々と行い世間に公表までした政府だ、それが内部でも却下されるほどの内容となると。そこまで考えたが至った数名はゾロと同じく顔色を悪くした。
一体、この女は何に巻き込まれているというのか。
「シーザーのところでは私の遺伝子を量産させてるらしいって青雉から聞いて、だからまず根本を壊そうと思って」
「……まず?」
「あー……」
「なんだよいえよ!」
「思ってる以上に惨い想定だけど聞きたい?」
レイルスの忠告に数名がゴクリと喉を鳴らした。レイルスの目はどこまでも真っ直ぐ真剣だ。
「パンクハザードの餓鬼と似たような実験か」
察しの良すぎるローが口を挟んだため、レイルスは諦めたように頷いた。ローの聡明さは時として厄介だ。
「……小さい子供にその遺伝子を無理やり組み込んで、髪と目の色を変える、とかね」
怖気だつ話にナミは思わず口を押さえた。それを、世界政府が海賊の手を借りてまで行っているだなんて。目的は分からないとレイルスは言っていたがそれでもほぼ全員が「何故、なんのために」と考えてしまう。
「その場所を調べたかったんだけど、資料見つけられなかったから……後でシーザーに吐かせるよ」
「じゃあ、お前はそれをやってる場所に行きてーんだな」
幾分か低い声でルフィが尋ねる。それに頷きながら、あと、とレイルスは言葉を続けた。くまに飛ばされた先で知った物語と、彼の残したメモ。
「最終的にはラフテルってところに行くつもり」
「……ん?」
レイルス以外の首がコテンと横に傾いた。レイルスはそこが、ワンピースを目指す海賊たちの終着点であるということを知らなかった。
「はあ!?ワンピース目指してんのかお前!!」
「え」
ルフィが食器をガシャンと音を立たせるほどに机に手をついた。その言葉に驚いたレイルスはギョッとしてルフィをみて、他のメンバーの顔をみて行く。全員驚いており、レイルスは言葉を噛み砕くために口を閉じる。ワンピースとは、確かかつての海賊王ゴールド・ロジャー――ポートガス・D・エースの実の父親が死の間際に残した言葉ではなかったろうか。そして、その残された財宝、ワンピースを目指して世の海賊たちは海へと躍り出ている。そこを目指しているというルフィの言葉に、レイルスは目をぱちぱちと瞬かせた。もう一度間抜けに「え」と声をこぼした。みかねたローが驚きながらもレイルスがわかっていないことを把握して口を開く。
「最後の島、ラフテルには海賊王の秘宝、ワンピースがあるとされている」
「……」
「ひと繋ぎの財宝だ、大抵の海賊はそれを狙ってる」
「……ローもルフィも?」
呆然としながら問えば、ルフィはぶんぶんと首を縦に振るが、ローは顔を顰めた。ルフィの肯定の激しさに目を取られたレイルスはそれに気がつかない。
「ってことは、行き先は一緒だ!!」
ルフィが心底ワクワクした声で宣言するように言い放つ。否定もできなくなってしまったレイルスは驚きの表情のままルフィを見つめる。
「島3つのうちに俺かトラ男、どっちが先にレイルスの賞金額の上を行くかで決めるからな!」
「いつの間にそんな話になったんだ」
「さっきだ!な、トラ男!」
「……降ろす理由がまた無くなったからな」
「え、トラ男もレイルスを仲間にしたいのか?」
「レイルスさんったらモテモテですねぇ」
「ルフィお前死んでも負けんじゃねぇぞ!美女3人の船にするんだサニーを!!」
「……私の意見」
「「誰が聞くか」」
ぽそ、とつぶやいたレイルスの言葉はバッサリとルフィとローに切り捨てられてしまう。申し合わせたかのようにピッタリと言葉を揃えてそういう両船長ともに、レイルスの意見を聞いていては話が進まないということをいやと言う程知っていた。だからこの場ではっきりと突きつける。元からレイルスの意見も状況も、海賊は全く気にしていないのだと。
「嫌なら抜かれないように暴れることだな」
「たんのしみだな〜!」
はく、レイルスの口が意味もなく空気を吐き出すように開閉する。レイルスの常識など全く通じない、海賊の考え方。これだけの話をしても怯むことなく、真っ直ぐに欲しいと訴えられてレイルスも腹の底からなにかが這い上がってきそうになった。は、と熱い呼吸をこぼして、慌ててそれを飲み込むももう遅い。溢れそうになったものが何か、明確なものはわからなかったがレイルスは負け惜しみのようにくしゃっと笑った。同時に、今までごねてた自分をバカらしく思ってしまった。そんな葛藤すら奪い去ってしまうほど、海賊の方が強欲で無法的で、優しさの欠片も見いだせない。だからこそ、レイルスにとって特攻といっていいほどに真っ直ぐと、彼等の本心が伝わった。レイルスを思っての発言ではない、それがレイルスにとっては1番心を傾けてしまう理由だったのだ。
「やれるもんなら、やってみなよ」
しん、とその一言で全員が口を閉じた。レイルスは震えそうになる呼吸を抑えて、大きく肺を膨らませる。そうして宣言する。
「……懸賞金の額が超えたら、大人しく乗る。でもそれまではどっちのクルーでもないんだから、いうことは聞かない」
ジッと前を見据える瞳は相変わらずの虹彩。レイルスの口角が不敵に持ち上がった。プライドの乗ったその表情は不思議とレイルスの顔に馴染んでいる。
「私は次の島で勝手に降りる、降ろしたくないなら止めてみなよ」
グッと顎を引いて、金色の瞳を惜しみなく瞬かせるレイルスにその言葉を向けられたローとルフィはブルリと背中を震わせながら、それはもう悪い顔で睨み返したのだった。
投稿日:2022/0505
更新日:2022/0505