暮靄に吼える犬
結局錬金術のことは聞かれなかったな、とレイルスは思ったが、まあいいか、と手元の資料を眺め出す。麦わらの一味もローも、レイルスは悪魔の実の能力者だと思っているためである。加えてレイルスが明らかに聞いて欲しくない空気を出していたのもあって、麦わらの一味もあえてその質問をしなかったのだ。ローも彼らが聞かないのであれば聞く権利がないと大人しく引き下がった。結果、またしても小さな勘違いが生まれているのだが誰もそれには気がつくことができなかった。
「そういや俺、シーザーのメイン研究室でこんなの見つけたんだ」
そう言ってファイルを差し出してきたチョッパーに視線を落としたレイルスは、暇だからといって眺めていた関係のない資料を床へと戻してそれを受け取る。あいも変わらず床に座り込む癖は変わらないのかとローは顔を顰めた。アクアリウムバーで作業をするレイルスの不眠具合を見張るため、ローも甲板から移動していた。レイルスは壁際のソファーを背もたれに地面に座り込んでおり、ローはレイルスの横に、こちらはきちんとソファーに腰を下ろしてレイルスの旋毛を眺めていた。
パラ、と資料を開いた横からチョッパーが覗き込んできたのでレイルスは見やすいようにと床へとそれを広げる。
「レイルスの手配書が挟んであって、気になって持ってきたんだ」
「……ん?」
「おいそれ」
レイルスとローが信じられないものを見るような目でチョッパーを見下ろす。眼力の強い2人に見られてびゃ、と悲鳴を上げたチョッパーは丁度入室してきたゾロの足にがっしりとしがみついた。ゾロは夕飯だからと3人を呼んでくるよう言われたため足を運んだだけである。
「うぉ、危ねぇな」
「コエェよ!!睨むなよ!!」
「ごめん」
浅い謝罪を告げたレイルスは焦る気持ちを落ち着かせるようにぎゅっと目を閉じて、改めて資料に目を落とす。ローも気になるのか、レイルスの後ろから覗き込んで資料を睨んでいる。そろそろとチョッパーが離れたため、ゾロも2人の元へと足を進める。
「血液からの遺伝子同定……」
「PCRで増やしてるな」
「液体窒素で冷却してる、やっぱどこかに運ぶ前提だ」
「専用のボトルか……構造から熱伝導がかなり低いものだろうな、だとしたら液体窒素の量で移動距離を予測は不可能か」
「他に何か」
バサバサと資料をめくり始めたレイルスはぶつぶつと何かを呟いている。それにローが言葉を差し込んでいるのを見てへぇとゾロは感心した。専門用語ばかりでゾロには全く言っていることがわからなかったがレイルスはそういう知識が多くあるらしい。わかる単語が耳に届いたチョッパーは怖がっていたのはなんだったのか、ぴこぴことレイルスの元へと向かう。
「おいなんか落ちてるぞ」
なんとなしにチョッパーを見下ろしていたゾロは、床に落ちていた何かの切れ端らしいそれを拾う。裏返せば何かのリストの上部らしい。顔を上げた先にレイルスが至近距離でゾロの手元を覗き込もうと背伸びをしていたためゾロは「うぉ!?」と声をあげて驚いた。いつ移動したコイツ。ひら、と空に踊った紙をパシリとキャッチしたレイルスは食い入るようにそれを見つめる。
「Dr……」
「……誰かの名前じゃねぇか?」
「やっぱ?」
ぼそ、とかろうじて読み取れたのであろう単語を呟いたレイルスにゾロが思ったことをそのまま告げれば、パッと顔を上げたレイルスと目が合う。ランプで淡く照らされているアクアリウムバーの中でもギラギラと煩い、とゾロは目を細めてその瞳を見返した。2年経とうが鬱陶しいほど目立つ瞳だと再確認してぐい、とレイルスの額を押しやる。手のひらにすっぽり覆われる額の小ささとひんやりとした温度に、野生に放り出したら死ぬなとゾロはそんな感想を抱いた。
「ドクター、だろうな」
「その後の部分はわかんねーのか?」
「……このDNAの他に毒ガスを同じ船で運んだことしか」
「シーザーに聞けばいいだろ」
「本当のこと言うかなぁ」
レイルスはいまだシーザーと話していない。遠目に観察して、麦わらの一味と話しているのを見て「こいつは気に食わん」と思ってしまったのだ。偏見がすぎるかと誰にも言ってはいないが、サニー号にいる全員が同じように思っているので言ったところで同意を得られるだけである。
「嘘だとしても情報は情報だ、聞いてから判断しろよ」
「そりゃそうだけど」
「あんだよ、うだうだしてんな」
「……極力話したくないタイプだなと」
「我儘か!」
ブスッとした顔をして顔をそらすレイルスを一喝するもゾロも同じことを思っているので人のことは言えない。チョッパーが小声で「俺もあいつ嫌いだ本当に」と頬を膨らませていた。
「おいマリモ!飯だっつってんだろ!」
「おおそうだった、飯だ」
結局サンジが足を運んだアクアリウムバーから、レイルスがいやそうな顔をしてゾロとローに続いて出てきた。わかりやすい表情にきょと、としながらサンジが「どうかした?」と問いかけるも「頑張る」と見当違いな返答を返すくらいにはレイルスはシーザーと話すのが嫌だった。
投稿日:2022/0506
更新日:2022/0506