暮靄に吼える犬
「最低限これだけでも全部食べるんだぞ!」
ありがたい船医のお言葉にレイルスは項垂れた。ワンプレートに色鮮やかに盛られた食事はレイルスの許容量ギリギリだ。しかしながら食欲が全く湧いていないレイルスはヘニョ、と眉を下げた。ハートの船から出てからもっぱら1日1食食べればマシな方だったため、パンクハザードで食べたもので足りていたのだ。しかしローとチョッパーにはそれも筒抜け、そのため渋るサンジに言ってバランスを考えた食事を用意してもらったのだ。レイルスの様子を見て無理にでも食べさせるのか?過去の自分の仕出かしとレイルスの表情を未だはっきり思い出せるサンジは医務室で食べさせられないかとだいぶごねたが、上手い言い訳が思い付かず苦渋の決断をさせられた。ローからは何故お前の方が決死の覚悟の様な形相なんだと疑念の目を向けられたがサンジは無視した。
レイルスは当たり前のようにサンジの目の前、カウンターの席に座りフォークを手に取って所在なさげに目を動かした。ガシャンと派手な音がキッチンからなり驚いてレイルスが目を向ければサンジが胸を押さえている姿。少しずつ2年前のことを思い出し始めていたレイルスは前よりもひどくなっていないか?とサンジを見て胡乱げな目をした。
「うっかり裸を見たからかしら」
「ああ……」
ロビンとナミが納得したように、しかし呆れた声でその様子を遠目に見る。付き合ってられないとナミは早々に自分の食事に舌鼓を打つことに集中した。今日も今日とて絶品である。
「えー、レイルスもこっちで食えよ〜!」
「ウルセェそんな野蛮な席にレイルスちゃんを座らせられるか!だいたいお前レイルスちゃんの料理まで食おうとすんだろうが!」
「随分と少食でござるな」
もっともらしいことを吠えるサンジにルフィは顔を歪める。もちろんそれらも理由の一つではあるが、レイルスの表情を他に見せたくないというサンジの気持ちが大いに働いているからこその席順だった。後ろからヒョイとレイルスの料理を見た錦えもんが足りるのかと言わんばかりの表情でガツガツと料理を口に運ぶ。ワノ国では見慣れない料理ばかりではあるが、どれもこれも絶品ばかり。モモの助と揃って頬を膨らませている。
「ふふ、サンジの中でレイルスはか弱いのね」
「うそ、私よりよっぽど強いわよ」
「この中の誰よりも懸賞金の額も高いのにね」
くすくすと笑うロビンは完全にサンジの様子を酒の肴にしている。ナミはやっぱり量の少ないレイルスの食事に「大丈夫なのかしら」と不安の声を落とした。
困ったような顔をしつつも「いただきます」とこぼしたレイルスがのろのろと一口料理を口へと運ぶ。しかし口にすればさすがサンジの料理。自然とふわ、と綻ぶレイルスの表情にサンジはデレっと顔を溶かした。サンジがそうして油断した瞬間、ルフィはビヨンと腕を伸ばしてカウンター席に着地する。一瞬の出来事にレイルスはパチパチと瞬きを増やして驚いており、サンジも反応が遅れた。顔がくっつくほどレイルスの料理とレイルスの顔を凝視して「そんなウメェのか?すくねぇけど」と続けたルフィに、サンジががちりと固まる。レイルスは驚いてこそいたが、サンジの料理を食べた後の表情のままだった。
「美味しいよ」
「あ、それ俺喰ってねぇ!」
「……食べる?」
フォークで丁度突き刺していた一口大の野菜。普段であれば野菜はあまり食べないルフィだが、レイルスが手にしていたものには間に生ハムが挟まっているのをルフィはめざとく発見して声をあげた。あんまりにも物欲しそうにしているルフィにレイルスはあっさりとフォークをルフィへと差し出す。すかさずばくん、と1口のそれがルフィの口内へと吸い込まれていった。
「……うんメェ!おいサンジこれもっとねぇのか!」
「く、クソゴム貴様ァアアア!」
瞬時にサンジの強力な蹴りが凄まじい音を立てて振り上げられるも、ルフィはヒョイと避けて「あははキレてる」と呑気に笑っている。サンジとしてはレイルスの表情も、レイルスに出していた特製料理も奪われ、その上。
「あ、あ〜ん……だと!!」
「レイルス、ちゃんと食えって言ったろ!」
「ごめん」
怒れるサンジを無視し、チョッパーはルフィに食べ物を差し出したレイルスにぷりぷりと怒った。レイルスも話が通じない方のサンジか、と理解することを諦めてチョッパーに素直に謝る。そのまま食事を再開しようとし始めたレイルスから目にも止まらぬ速さでフォークを回収し、新品と入れ替えたサンジは、それでもやはりまだ怒りが収まらなかったのだろう、「く、この、うっ」とレイルスに悲しみの目を向けてから、一瞬で顔色を変えてルフィへと突撃していく。
サンジの行動に目を白黒させたものの、気にしないことにしたのだったと思い直してサク、とフォークを下ろした先は半分にカットされたミニトマト。上にドレッシングがかけられており、溢さないように口へと運ぶ。顔の筋肉がふわふわと緩むように微笑むレイルスを、チョッパーだけが下から見上げていた。そんな様子を見ていたローがボソッとぼやいた。
「麦わら屋と胃袋交換した方がいいか」
「ヨホホ、こわぁい……」
投稿日:2022/0507
更新日:2022/0507