暮靄に吼える犬


 女部屋に押し込められたレイルスはさっさと寝ろとばかりにご丁寧に明かりまで消された室内を見渡す。衣類の詰まっている箪笥に、小棚が両脇に多く取り付けられたドレッサー。ナミ、ロビンどちらのものなのかはわからないがぎっしりと本が詰められた本棚。どれもが揺れに考慮してか、扉がついていたり紐で固定されている。そういえばこの船、船首からビームらしきものが出るし、バックするし、規格外だったなと思い出す。偶然にもクードバーストの経験をしなかったレイルスなので知らぬことではあったが、実は空も飛ぶので固定は他の船よりも厳重だ。暗がりに慣れてきたレイルスは強制的に沈められたベッドに横たわって天井を見上げる。船に思えないほど、白くまっさらなクロスの貼られた天井だ。
 寝返りを打つようにコロリと横に向いて、椅子の背もたれにかけられた白いコートが目に止まる。パンクハザードにてレイルスが着用していたものだ。ちょうど中に描かれている錬成陣が露わになっており、ナミかロビンが気になってみたのだろうなとレイルスは憶測を立てた。
 マリンフォードの時と比較して、さらに細かく書き込まれた陣はレイルスが半年かけてちまちまと作成したものだ。大小様々な円はよく見れば色も手触りも場所によって違う。本来錬成陣とは、その都度書き換えなければならないほど、融通が利かないものだ。錬成陣に書き込むことは大きく三つで、一つ目が錬成する対象物。鉄だったりアルミだったり、もう少し原子的に見るのであれば水素だったり酸素だったり。次に対象物の分解式。対象物が複雑化すればその分錬成式も複雑化するが、分解方法はある程度対象物によって固定化されてくるので、基本的にはここまでが「基礎」となる。
 最後に構築式。一番センスを問われる部分がこの構築式である。分解したことによって対象物は一気に多様化する。その中で組み合わせを設定し、割合、結合方法、そして指向性を持たせてエネルギーを式に準じて与えなければならない。
 同じ分解方法で酸化鉄を分解して、鉄と酸素に分けるとする。構築式でそれを球体に錬成する場合と、四角に錬成する場合では構築式はまるで異なる。
 構築式だけを例に挙げてはいるものの、対象物を指定するにしても、酸化鉄の酸化具合や重さによってもやはり錬成陣は異なってくる。だからこそ、レイルスの錬金術は優れていると持て囃されていた。たった一つ、複雑ではあるもののその一つの錬成陣があるだけで、様々な錬成をやってのけることができたのだから。
 その分、繊細すぎる嫌いはある。マリンフォードでは本当に簡易的な陣だったため、多少欠損してもまだ使える部分があったが、椅子に雑に引っ掛けられているコートの陣はそうではない。まず、陣を描いている紐の材質が場所によって異なる。金属を使用している部分もあれば、鉱物をベースに線を引いている部分もある。複雑に折り混ざっているものの、どこか一ミリでも狂えば、全てが使用不可となるような代物だ。じっと暗闇でその陣を見ていたレイルスはため息を吐き出していやそうにコートから目を離した。
 それでもあの陣は万能ではない、当たり前だ。この世全ての物体を対象にできる陣などおそらく存在しない。うっすらと脳裏に褐色の肌をもつ男のことを思い出したレイルスは暗闇の中に舌打ちを零した。構築をしない錬成、それならおそらく万物に対して対応はできるだろう。その分分解式をひたすら書き込めばいいだけなのだから。
 ああでも、とレイルスはぐるりと仰向けに転がりなおして己の片手を空へと掲げた。手の甲をぼんやり眺めるも、暗闇にぼんやり浮かぶ幽鬼のような白い腕があるだけ。トン、と額にそれを落としたレイルスはその手を滑らせるようにして左肩へと移した。
 脳を、錬成陣に組み込むという異例の方法がある。砂漠を超えた向こうにある大国、シンではこれが主流だった。それと、と真っ赤なコートがチカリと瞼の裏に投影される。レイルスは指を立てて左の肩を掻き抱いた。

 モモの助は人懐こい、絵に描いたような子供だ。多少なりとも訳ありで、ワノ国という鎖国国家から出てきたがために世間知らずではあるものの、ナミに甘える姿やサニー号の中を探検して笑顔を浮かべる様など、いたって健全な子供の無邪気さが窺える。それが、レイルスを前にすると違和感があるほど表情を固くしそっと離れる。基本的にそう言ったところでは当人達の問題だと放置をする麦わらの一味であるが、それが子供となれば気にはなるクルーも少なからずいた。
 モモの助を女部屋へ寝かせようとしていたナミは「レイルスが先に寝てるから静かにね」とモモの助に一言告げてモモの助を抱えようとしたが、分かりやすい程にモモの助の表情が強張ったために動きを止めた。
 ナミから見て、レイルスは特段子供に嫌われるようなタイプではない。なんならゾロの方がよっぽど怖がられる見てくれである。そのゾロにも物おじせずに話しかけているのを知っていたため、ナミの疑問符は大きさを増していく。
「そんなに知り合いに似てるのか?」
「知り合い?」
「錦えもんのやつがあいつをみるなりヒトミ!って偉ぇ驚いてよ」
 フランキーもモモの助の様子につい、と言ったように声をかける。何かと面倒見のいいフランキーはナミやロビンにべったりなモモの助をあまり進んで構いはしないものの、一歩引いた位置から見守っていた。女であれば積極的に甘えに行っていたモモの助が、なぜかレイルスには寄り付かない。脚を戻してやった時の錦えもんとの会話を思い出しながらそう問えば、モモの助は分かり易く顔色を変えた。
「な、何故それを」
「だからお前のトーチャンが言ってたんだよ」
「ねえ、そんなに嫌な人だったの?ヒトミさん」
 ナミがモモの助の様子をじっと見ながら問いかける。文字通り異色を放つレイルスに似ているのであれば、レイルスと同じ目の色髪の色をしているのではないか。レイルスは身内でしかいないと、そう言っていた。モモの助の知るその人がもしレイルスと関係のある人物ならば。
「せ、拙者父上とともに眠るでござる!!」
 ダダダ、と晩酌をする錦えもんのもとに走って行ってしまったモモの助に向けて、ナミが手を伸ばすも脱兎の如くフランキーの足の下を通ってまで逃げたしたのを見てしまっては見逃すほかない。
「あそこまで嫌うってよっぽどよ」
「まあ、レイルスも気にしてねーんならいいんじゃねーのか?」
 そうは言っても、と口をつきそうになる言葉をナミはかろうじて飲み込んだ。フランキーのいう通り、レイルスは元から来るもの拒まずさるもの追わずといった性格をしている。なんなら来るものを拒む勢いすらあるほどのサッパリ具合だ。だからこそ、自ら近寄ってこないモモの助に対し自分からわざわざ近づいて話しかけるなんてこともおそらくはしない。そんなことは容易に想像がつく。
 ぷく、と頬を膨らませるナミに、フランキーは「あいつも偉い懐かれたもんだな」とカラカラと笑ってしまったのだった。
 ちなみにこの後、女部屋に入ったナミは全く眠っていなかったレイルスを見て雷を落とすのだがそれはあと数時間後のことである。


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投稿日:2022/0514
  更新日:2022/0514