荒野の獣
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ……」「七武海、脱退!」
ニュースクーが運んできた朝刊に、大きく描かれた不敵な笑みを浮かべるサングラスの男。芝生の甲板の上でそれを囲う面々を眺めてレイルスはふむ、と顎に手を当てた。青雉に忠告されていた、シーザーのバックとはおそらくこの新聞の一面を飾る男のことだ。しかしまさかその後ろに四皇まで控えているとはレイルスも思っていなかったので、青雉の忠告は間違ってはいないのだろうとレイルスは考えに耽る。ついでに同盟のことが漏れていると騒いでいるのを聞いて、十中八九パンクハザードでそのことを聞いたスモーカーの仕業だろうと指先で頬を叩いた。
「電伝虫をかせ、奴に連絡を取る」
「今から!?」
「はい、どうぞ」
怯えているメンバーを丸っと無視して、ロビンが手渡してきた電伝虫を受け取ったローはダイヤルをプッシュする。いつの間に番号を知ったんだ、とレイルスは首を傾げるも、そうではなくローが通信用に電伝虫をベビー5達の首とともに一匹置いてきただけである。コールが3回、ガチャリという電伝虫の声の後にノイズ混じりの男の声。
『俺だ、七武海をやめたぞ』
「出たぞー!!」
「出たぁ〜!!」
「出ましたぁ!」
「ドフラミンゴか!!」
「シー、シー!!声が入るだろ!!」
「もしもし!俺はモンキー・D・ルフィ!海賊王になる男だ!!」
「お前!!黙れっつってんだろぉ!」
ローのもつ受話器を手ごとわし掴んで大声でがなったルフィに、耐えきれなくなったウソップが全力でグーで殴りかかる。ゴイン、といい音がなるもののそれでも受話器を離す様子のないルフィにレイルスは元気だなぁと気が遠くなった。ローとルフィの温度差があまりにも乖離しすぎて見ていて居心地が悪い。そう感じているのは少なからずローのことも知っているレイルスだけだ。ビビり組のナミ、ウソップ、チョッパー以外は楽しそうに笑っている程度であった。
「おい!ミンゴォ!!茶髭や、子供らをひでぇ目に合わせたアホシーザーのボスはオメェか!!シーザーは約束だから返すけどな、今度また同じようなことしやがったら今度はお前もぶっとばすからなァ!」
『麦わらのルフィ、兄の死から2年……ばったりと姿を消しどこで、何をしていた?』
一息で言い切ったルフィに乱されることなく、揚々とした声でドフラミンゴが疑問をこぼす。電伝虫もにやにやと目や口を細めて笑顔を浮かべている。言えないことになっていると怒鳴るルフィに、ドフラミンゴは言葉を続ける。お前に会いたかったと。
『お前が喉から手が出るほど欲しがるものを、俺は今持っている』
「喉から、手が出るほど……俺が、欲しがる……?」
話の主導権が向こうに移ってしまった。あのルフィですら手のひらで転がしてみせたドフラミンゴにレイルスは面白そうに笑みを深める。もうここまできたらシーザーに聞くよりも本拠地に行って調べたほうが確実性が上がるだろうと開き直っていた。レイルスは見かけから勘違いされることが多いが、血の気が多く交戦的な性格をしている。レイルスに忠告をもたらしたレイリーも青雉もそんなレイルスの性格まで把握しきれていなかったためこの後度肝を抜かれることになるのだが、それはまだ先の話である。
「おい、それは一体どれほど美味しいお肉なんだぁ!?」
「違うでしょそれは」
目を血走らせて溢れ出る唾液をゴクリと飲み込んだルフィにレイルスはつい突っ込んでしまう。
「おい麦わら屋、奴のペースに乗るな!」
ルフィの頬をぐい、と押しのけてそう叱咤するローだが、もうルフィはすっかり肉のことで頭がいっぱいになってしまったのだろう。ウソップに「気をしっかりもて!」とガタガタと胸ぐらを揺さぶられ、顔を殴られと暴行を受けても「お肉が1匹、お肉が2匹」と幸せそうに譫言をこぼしている。数え方はそれでいいのか。何かと怖がりであるものの大概ウソップも暴力的だよな、とレイルスはルフィにまたがって往復ビンタをしているウソップを見て白けた目を向けてしまった。
「ジョーカー、余計な話をするな!約束通りシーザーは引き渡す」
『そりゃあ、そのほうが身のためだ。ここへきてトンズラでもすりゃぁ……今度こそどういう目にあうか、お前はよくわかってる』
ドフラミンゴの言い回しにレイルスの眉尻が上がる。どうにもローとドフラミンゴは旧知の中のようだ。昨日聞いていた作戦の概要から、シーザーを誘拐し海軍に引き渡してしまった方が狙いである四皇、カイドウにとっては痛手だろうと思っていたレイルスの疑問が再び首をもたげるようにして浮かび上がってくる。どうも、周りくどい。
「今から8時間後、ドレスローザの北の孤島、グリーンビット南東のビーチだ……午後3時にシーザをそこへ投げ出す。勝手に拾え、それ以上の接触はしない」
シーザーを餌にしてドレスローザで何かをするにしても、その本人を連れて行く理由がない。殺しはしない主義であるローのことはわかってはいるものの、だからといってシーザー本人を連れて行って万が一にも奪取されてしまえば打倒四皇の計画は頓挫する。そもそも、その四皇に対してもシーザー誘拐は実はそこまで重要ではないだろうとレイルスは考えていた。何せもうカイドウの海賊団にはシーザーによって作られた人造悪魔の実の能力者が500以上もいるという。それがもう増えない、という話と向こうの戦力を削る話はまた別のものだ。人造悪魔の実を食べた人間が極端に短命になる、などであれば話はつながるがそうでもないだろう。レイルスはじっとローを見つめる。
『寂しいねぇ、成長したお前と一杯くらい酒を交わす時間もくれねぇのか……例の鉱だって、お前が大事に囲っているんだろう?』
「切れー!こんなもん!!」
ウソップに散々殴られていたルフィが、満身創痍と言わんばかりにため息を吐いて「危なかった」なんて零すものだからチョッパーがギョッとした顔で見上げる。ルフィの目はいまだに肉を求めて爛々と輝いていた。レイルスは突然出てきた自分を指す言葉に口をへの字にしながら何名かからの視線を受け止める。
「なんだって今レイルスちゃんの名前が……」
「そういえばパンクハザードにいた彼の部下が、レイルスのことを狙っているって話をしてたわね」
「そういやそうだったな」
「え、じゃあレイルスはドレスローザ行ったらまずいじゃないの!」
呑気に話すロビンとフランキーに頭を抱えるナミ。年長者2人はたまにこうしてすっとぼけることがあるが、わざとだということをナミはちゃんと理解していた。面白がっているのである。実際ロビンはナミに向かって「あの言い回しは生捕よ、大丈夫」と何にも安心できないセリフを吐いてウィンクしてきた。ナミは「イーーー!」とおかしな奇声を発した。
「人数指定はどうする、相手が仲間全員引き連れて引き渡し場所に来るかもしれねぇだろこれじゃ」
「シーザーの引き渡しも、こいつについても、餌だ」
人数指定をしていないことを指摘されたローが悪びれなくレイルスのことを顎でさす。そうなるよな、とレイルスも真っ向からその視線を受けて鼻を鳴らす。相変わらずローの言葉の選び方は誤解されやすそうなものだ。
「て、テメェレイルスちゃんまで危険に晒すってのか!」
案の定食ってかかるサンジにレイルスはどうどうと片手を上げてため息を吐き出した。物騒な言葉選びが好きなことをとやかくいうつもりは毛頭ないが、それであえて敵を作るのは感心できない。
「違う違う、大人しく船で待機しておけってことでしょ」
「……わかってるなら大人しくしているんだろうな」
「さぁ」
ローにもルフィにもその権限はないだろうとツンと顎を上げたレイルスにピクリとローの額に血管が浮かんだ。まさか自分を狙っている七武海がいる国だというのに、本気で降りるつもりでいるのだろうかこの馬鹿女は、とローは内心で悪態をつく。実際、レイルスは青雉とエンカウントした島でそのまま逃亡している。前科がある以上ローも全力でレイルスを疑うのみである。
「じゃ、じゃあ相手がシーザーとレイルスを狙ってその孤島かサニー号にくる間に、SMILEの製造工場をつぶすことが目的、ってことか」
ウソップが噛み砕いた言葉で確認をするとローも頷く。ローの言葉にウソップは「おう聞いたかレイルス!お前は船番だ!絶対だ!!」と指をさす。続けてチョッパーまで「絶対だかんな!」と蹄を突きつけるようにしてレイルスへと向けた。
「……」
「返事しろよ!!」
チョッパーの悲鳴を聞いてもレイルスはツーンと顔を背けた。「俺はパンは嫌いだ!」というローの叫びには思わず二度見をしてしまったが。
元々ゾウという島を目指していたのだという錦えもんに、ローが驚いたような声を出す。ローの手にはサンジが個別に用意したおにぎり。ルフィのわがままで慣れっこのサンジは、まだ可愛い類の要望にしっかりと答えてみせた。相変わらずカウンター席に座らされているレイルスもサンドウィッチではなくスープが用意されている。ロビンとフランキーの間に座ってスープをちまちま口に運びながら、レイルスはローのセリフからハートの海賊団がローを除いてゾウという島にいるということを知る。
「な、ならば!そこまで拙者たちも同行するわけには……」
「いいぞ〜!!じゃあそこに寄ってからワノ国に行こう〜!あ、でもレイルスの用事が先になるかも知れねぇな」
「おい!勝手に……」
「ありがたい……!!」
ガン、とテーブルに頭をぶつけるようにして下げた錦えもんとモモの助に、ローも二の句を告げられない。
「ルフィ殿、何から何まで忝うござる」
「いいからいいから」
「し、しかしその……先になるやもしれぬ用事、というのは」
チラ、と錦えもんがカウンターに座るレイルスを見る。その視線を綺麗に流すようにしてレイルスは緩めていた頬を引き締めてカップから口を離した。レイルスの背後ではキッチンに背を向けられる形で座られてしまったサンジは挙動がおかしく、ロビンが妙な生物を観察する目でじっと見ていることにも気がついていない。
「いいよ、こっちは気にしないで……私は私で行動する」
「だっから許さねぇっつってんだろ!!」
「私も急ぐ、錦えもんも急ぐ、行き先が違う限り別行動は必須でしょう」
「いや、しかし」
急ぐとこには急ぐ、それでもこの海の険しさを身をもって知った錦えもんは1人船から離脱する選択をしてみせたレイルスに躊躇う素振りを見せる。実際、錦えもん達を運ぶためにレイルスが降りるというような選択を取らせるのは心苦しいものがあった。だが、ワノ国まで一緒となるとそれはそれで、と錦えもんは顔を歪ませる。レイルスは自分を見て厳つい顔をさらに険しくする錦えもんを正面から見て首を傾げた。錦えもんにとってレイルスの提案は、正直願ってもいないものだったのだ。それを押し殺して錦えもんはこれまでの道中を語る。4人でゾウを目指すも遭難。1人を欠いてドレスローザに漂着するも、今度はドフラミンゴの手下に追い回されて、モモの助のみパンクハザード行きの船に逃げ込んでしまう。
「カン十郎が人質になるも……拙者を海へ逃してくれたのでござる……必ず助けねば、必ずや戻らねば!!」
「漢じゃねぇかカンジュウロー!!」
「カンジュウロー!!」
涙ながらに語る錦えもんに感化されやすいフランキーとチョッパーも号泣して叫ぶ。
「よし、俺もそいつ助けるぞ!!」
「お前ら!目的を見失うんじゃねぇぞ!!」
「目的ねぇ?」
ローの言葉に思わず反応したレイルスにローが顔を向けてくる。今にも飛びかかってきそうなほど険悪な顔にレイルスは口角を上げて笑う。
「なんだ」
「べっつに」
「あら仲良しですねぇ」
棘のある言葉にローの青筋が綺麗に浮かび上がる。そんな2人を見て見当違いの感想を漏らしたブルックが呑気に牛乳瓶を煽った。
投稿日:2022/0529
更新日:2022/0529