荒野の獣


 チョッパーを背中に貼り付けさせたレイルスは甲板で座り込んでむっつりとした顔を向けてきた男を改めて眺める。長い髪、不健康そうな白い肌、青い唇。何よりギョロギョロと動く目が、レイルスはどうにも受け付けなかった。周りの生き物を、生き物として見ていない。観察対象として見ているのがその視線の無機質さから伝わってくる。何より、レイルスの知っている男に雰囲気が似ていたのだ。にやにやと気持ち悪く笑い金歯をチラつかせて、焦点の合わない目をギョロギョロと動かす。アメストリスという国の本質を知りその上で従って研究をしていたマッドサイエンティスト。反吐が出るほどにレイルスが嫌いな人物に。
「単刀直入に聞く、どこに売った?」
 チョッパーが見つけてきていた資料をプラプラと見せつけて、真っ直ぐに問いかけるレイルスの空気が今までにないほど冷たくてチョッパーは肩からチラリとレイルスを見上げる。髪に隠れて表情は見えないが、きっと恐ろしく鋭い眼光をしているのだろうと思わず想像してごくりと喉を鳴らした。しかしチョッパーの予想とは異なり、レイルスは平坦な目でシーザーを見ていた。
「……ああ、お前の遺伝子には苦労させられた」
 ねっとりとした言葉にレイルスはピクリと眉を寄せる。まるで馬鹿な子供でも相手をするようにシーザーは楽しげに口角を気味悪く持ち上げた。
「あの頂上戦争で僅かに残されたお前の血液!火拳のと混ざっちまってたのを隔離して、ようやっとお前の分だけを『完全』抽出して、増やしていた最中だったんだ!」
「知ってるよ御託はいいから質問に答えろ」
 く、口悪ぃ!こっそりとマストの影から見守っていたウソップはあわわわ、と慄く。誰に対しても無防備だと思っていたがそんなことはないらしい。ちょっと安心しつつもそれにしたってあの口の悪さはどうなんだ、と見た目とのギャップにウソップは2年前に思ったことを改めて感じた。畳み掛けるようにしてレイルスはシーザーを一睨みする。眼力のある瞳に睨みつけられてシーザーも思わずキュ、と口を閉じた。
「だいたい、男女で決定的に遺伝子は違うんだからそんなのバカでもできる……最も?これを書いた人物はそれがうまくできなくて、純度100%の鉱の遺伝子も??抽出できなかったみたいだけど?どこが完全?言ってご覧よ三流科学者」
「どぅぁれが三流だと!!ウルセェ!87%は誤差だ!」
 ウソップとは違い堂々と彼らのやり取りを見ていたロビンが思わず吹き出す。振り返ったレイルスはロビンが肩を震わせて俯いているのを発見しなにやら琴線に触れたらしいと察する。
 研究資料を持ち出された挙句、そのデータを読み解ける人間だとは思ってもいなかったシーザーは分かりやすいほどに狼狽えた。見栄を張っていた手前冷や汗を飛ばしながら怒鳴る。明記もしておらず、データをきちんと読み取らなければ理解できない部分を指摘されてすぐに同業者かと睨みつけた。
「で?誰に売りつけたの?その粗悪品」
「粗悪品だと……!?誰が言うかテメェなんかに!モルモットの分際で俺様に舐めた口をきくな!!」
「チョッパー、ちょっと降りて」
「おおおおう」
 ピョコ、とレイルスから飛び降りたチョッパーは少し離れて待機する。わずか10秒弱。ガンドンドガバシドゴ!!
「誰に売りつけたの、その劣悪品」
 ふぅ、と息をつくレイルスが先ほどよりもよりトゲを増した質問をシーザーに投げかけた。本来であればローの予想する通りレイルスは容易に手を出すタイプでは無いのだが、時と場合によって酷く暴力的に成り下がる。今回はモルモット発言にブチッとキレた結果足が出てしまった。対するシーザーはレイルスに執拗に顔面を蹴られ、痛みに涙を流しながら鼻声で訴えた。
「し、しらねぇ」
「嘘ついたら痛いけど」
「ほほほほんどうにじらねぇ!」
 再び足を持ち上げたレイルスに怯え切ったシーザーが後ずさる。
「俺はジョーカーに言われるままの研究をして、それを納品しただけだ!!」
「だからその納品先聞いてるんでしょ馬鹿なの?」
 うぐ、とシーザーが唸る。ああまた治療してやらなきゃと医者の鏡チョッパーは思うが、ボコボコにされるシーザーを見てザマアミロとも思っていた。そして言葉に詰まったシーザーも嘘を言ってはいなかった。実はこの男、自分の研究成果として目に残らない遺伝子の抽出など、あまり乗り気ではなかったせいでその後の仕事については一切をモネに任せてしまっていたのだ。そしてモネ自身も詳細をわかっていない。ジョーカー以外の依頼であれば徹底的に調べ上げて情報を流していたが、そのジョーカー本人からの依頼であればそこまで気に留めることもなかった。だからこそヴェルゴがレイルスのことを口にした時も初耳とばかりの反応だったのだ。
 レイルスもシーザーの反応から本当に知らないらしいとわかり軽蔑の目を向けた。自分のしたことの最後まで責任を持たないとは何事だ。「なんだその目はぁ!」とシーザーは果敢にも噛み付くもレイルスはもう用はないとため息を吐き出す。
「ああ、あと亜酸化窒素の方……あっちも大概だね」
「な!お前見たのか!?」
「遺伝子導入のためにそんな毒素使ってたら、脳に障害が残る……何あれ」
「だ、誰が言うか!!」
 今度こそ本当に興味を失ったように離れていったレイルスに、シーザーは驚きの目を向ける。「あれ」について、できる限り資料を始末したのは最近だ。残っていたものも、レイルスが口にした情報に結びつくものはなかったはずだ。実際、レイルスが見つけていたものについても、結論である脳への障害については全くもって記載をしていない。にも関わらずその可能性を弾き出し、答えを導き出したというのだろうか。ごくり、思わず喉を鳴らしたシーザーは「カッコ良かったぞ!」とチョッパーに飛びつかれている女に明確な恐怖を感じたのだった。

「何にも知らないって」
「蹴っ飛ばしてたな」
「イラついて」
 あっけらかんと言うレイルスに様子を見ていたゾロも笑う。宣言通りシーザーに足を出していたのもその蹴りがなかなかに威力がありそうだったのも見ていた。スカッとするほど迷いのない蹴りだったな、とゾロは妙なところで感心した。2年前はほとんど満身創痍のままだったレイルスなので、あそこまでしっかり動けるところを見てやっとゾロの中で軍人という言葉が収まりを得た。それ以上に怪我人の印象が強すぎたのだ。
「そうなると、手がかりがないんですね」
「ドフラミンゴが知ってるでしょ」
「ええ?だってレイルスさん狙われてるんですよ?」
 ヴァイオリンの手入れをしていたブルックが困ったような声をあげるも、悪びれなく続けるレイルスに狼狽える。レイルスは肩にしがみついていたチョッパーに「ありがと」と告げて彼を地面へと下ろす。礼を言われたチョッパーは誇らしげに頬を緩ませた。
「ちょうどいいんじゃない?」
「お前よく俺の前でそんなセリフが吐けたな」
 ふざけてそういったレイルスの背後にローがのっぺりと能面のような顔でレイルスを見下ろしていた。レイルスの言葉の裏にあるドフラミンゴに直接話を聞きに行くという馬鹿げた案を見抜いての言葉だ。そんなローを気にすることなくレイルスはそうだ、とローに向き直る。
「念のため聞くけど、この作戦の『本質』は?」
 真っ向から向けられる混じり気のない疑問の目。潮風に靡く髪とその向こうに見える海の青にローは目を細める。
「言ったはずだ、SMILEの工場を破壊し四皇カイドウの戦力を削ぐこと」
「……ふーん?」
「さっきといい、噛み付いてくるな……それ以外何がある」
「いや、にしては妙に回りくどいな、と」
 どちらかといえば効率的な手段を好むローにしては些か手が混みすぎている。その上、肝心なところで本質からずれているようにも思えたレイルスの疑問にローは「当たり前だろう」と告げる。
「工場破壊の前に大々的にカイドウに喧嘩を売れば、その時点で俺たちの負けだ、どれだけの戦力差だと思ってる」
 ローの言葉は、やはりレイルスにとっては納得には及ばないもの。眉尻をあげて怪訝な表情をローにぶつけるも、ローも全く引くことなくレイルスを見下ろしてくる。アンバーの瞳が帽子の影から鋭くレイルスを射抜いている。話す気がないと判じたレイルスは「ならいい」と低く唸るような声を発して目を逸らした。深入りは互いのためにならない、そう言い聞かせて。



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投稿日:2022/0605
  更新日:2022/0605