荒野の獣
「ちょいと時間あるか」
そう言ってフランキーに工房へと連れてこられたレイルスは、久しぶりに入った工房の中をキョロと見渡す。2年前にはなかった謎の工具も並んでおり、彼らが集まってからまたこの船も変わってきているのだと改めて感じながら進められるままに椅子に腰を下ろす。女性陣はあまり好んで工房へと降りてこないが、2年前から嫌がることなく工房をうろついていたレイルスを知っているフランキーは変わらず穏やかに笑うレイルスを見て、見た目に反してガラクタに囲まれて育ったのかもなと予想を立てた。
「改まってどうしたの」
「オメェの腕の話だ」
なるほど、フランキーは気を遣ってここに呼んでくれたらしいと察してレイルスは口を閉じた。そんなレイルスを見下ろしたフランキーはサングラスをそっと持ち上げて目の前の娘を見下ろす。ゆったりとしたシャツはロビンかナミに着せられたのだろう、上から2つ開けられているが他のボタンはしっかりと閉まっている。1人では着られないもので、1人では脱げないものだ。
「片腕だと不便は多い、機械仕掛けの体に嫌悪もない……なのに付けないって結論がピンとこなくてな」
パンクハザードでははぐらかされてやったが、レイルスの現状を聞くに少しでもアドバンテージはあげておいた方が良いだろうとフランキーは続ける。何よりレイルスも馬鹿ではない、そんなこと誰よりもわかっているだろうに2年経っても隻腕のままだったことにフランキーは驚いたくらいだった。とっくに義手なりつけているだろうと思っていたのに、レイルスの腕は袖を余らせている。
フランキーの真剣な眼差しの中に疑念と憂色を読み取ってしまったレイルスは諦めたように深くため息を吐き出す。ずる、と背もたれにずり下がったレイルスは困ったようにフランキーを一度見上げてから椅子の上に両足を抱えるようにしてのせた。
「付けるべきなのはわかってる」
「おう」
「腕に鉄の塊をつけることに嫌悪も憎悪もない、むしろ戦うにはもってこいだとも思う」
「おう」
ぽつぽつと語るレイルスにフランキーは急かすことなくただ相槌をこぼす。フランキーはレイルスの様子からどうやら自分は深入りしてしまったらしいと気がついた。それでも引こうとしないのは、レイルスがあまりにも小さな子供のような仕草をしたからだ。膝を抱えて小さく座り込む癖をレイルス自身は気が付いていない。
それにこれからのことを思うと、無理にでも義手はつけさせるべきだろうともフランキーは考えていた。この船を降りるのであれば余計に。グランドラインの厳しさはレイルスよりもずっとわかっているフランキーは時には強引に心とやらを引き摺り出してやることが相手にとって薬になることも知っていた。踏み荒らすではない、話すという判断はあくまで相手。ある程度の干渉はフランキーならではのものだ。
「義手と、義足……」
「おう」
「……弟がそう」
「おう」
弟がいるのか。フランキーは内心で驚いた。自身のことをあまり語りたがらないレイルス、過去のことなどどうでもいいという考えが多い麦わらの一味ではそんな話になる機会もない。思ったよりも踏み込んでしまったらしいとフランキーは少しだけ申し訳なくなった。それほどまでにレイルスの口が重たく、声が小さいのだ。
「私が削いだ」
「おう」
「私がへし折った」
「おう」
「私が……奪った」
伏せられていた瞳がそっとフランキーを仰ぎ見る。表情からは何も感じ取れない、逆に言えばそうまでして激情を押し殺しているのだろうとフランキーは悟る。痛々しい言葉の羅列だけがレイルスの傷口の惨憺たる様を描写しているようだ。
物理的な話ではないとフランキーはすぐに気がつく、因果の話、責任の所在の話をレイルスはしている。自分の所為だとはっきりと言わないのは、そうじゃないだろうと否定されては堪らないからだ。慰められることを徹底的に避けるレイルスにフランキーは強情だなと少し笑った。
「だからってわけじゃ無いんだけど、なんだろう」
言葉を探すようにレイルスの目が空を泳ぐ。これまでレイルスは自分に向き合ってこなかった。自分の中の感情や想いに名前をつけるのが苦手な人間であるというのもあるが、そんなことに構っている余裕もなかったのだ。だが、こうして責めるわけでもなく理由を求められてしまうと答えなければと思ってしまう。口を閉ざしたレイルスを見てフランキーが助け舟を出す。
「なんでもいい、まとまらなくてもいいから浮かんだことを言ってみろ」
てっきり「悲しいのか?」などと聞かれると思っていたレイルスは面食らって目を見開く。そしてフランキーの言葉に、またしっかりと自分と直面させられて知らずに眉を寄せた。
「……辛かっただろうな、とか」
「それから」
「大変だったんだな、って」
「それで」
「何もしてあげられなくて」
「おう」
「……後ろめたい」
バチ、口を勢いよく塞いだレイルスは驚愕で顔色を染め上げた。弱音のような言葉が出てきたことにレイルス自身が一番驚き、そして落胆した。何が後ろめたいだ。そう思う権利すらレイルスにはない。ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱して沈黙したレイルスを見てフランキーはなるほど重傷だなと内心でため息を零す。何があったかはわからないが、どうもレイルスのせいで弟の手足を奪ってしまいその苦労を自身で体感することで償いをしているつもりらしい。義手をつければその償いからは解放されてしまう、そのことをレイルスは嫌がっているのだ。レイルスが気がついていないそんな内心をフランキーが推し量ることができたのは、似たような気持ちを知っていたからだろう。
「レイルス」
「何……」
「お前めんどくさいな」
「うるさいな!」
はぁ〜と盛大なため息と共に落とされた言葉にギャン!とレイルスは噛み付いた。声をあげる元気はあるらしいと判断したフランキーは乱雑な動作で、しかし慎重に言葉を選ぶ。
「ケジメっつーなら無理強いはしないが、俺はお前の腕を作るぞ……ビームが出るやつをな」
「いらないって!」
レイルスは本気の拒絶を見せた。
「そういやレイルスオメェ、これについても聞いておきたかったんだ」
思い出したようにフランキーは近くの作業台の上から箱を引きずってレイルスへと見せる。レイルスは話の展開が早く、珍しく頭がついて行かなくなっていた。目を回すようにぐるりとさせたレイルスは顰めっ面で箱の中を見下ろす。年相応の表情が戻りフランキーは内心でかなり肩を撫で下ろしていた。餓鬼が大人の考えを持つな、立つ瀬がなくなると他のクルーには感じたことのない緊張感をフランキーは感じてしまった。
「ドリルビットだろ?見たことない材質なんだが」
「……海楼石の欠片だよ」
「は!?」
箱の中には、2年前フランキー宛に置いていった贈り物が収まっていた。金のケースの中にはツイストドリルビットが数本収まっており、先端がうっすらと白色になっている。その部分を指差して正体をレイルスが口にすればフランキーは口をあんぐりと開けて驚いた。
「か、か……!?」
「足枷になってたやつ、壊れた時に欠片を持ってきて……それをまぶしてくっつけてるからそれなりに硬い材質のものでも穴開くかなって」
未だ先ほどまでの会話を引きずっているのだろう表情でレイルスが続ける内容にフランキーは驚愕した。改めてケースの中に並べられているドリルビットを見下ろす。レイルスの話が本当なのであればこれはとんでもない代物である。ごくりと喉を鳴らしてフランキーはレイルスに目を向ける。
「発想力がとんでもねぇな」
「そう?」
「つーかよく触れたなぁ」
能力者であるレイルスが欠片とはいえ集めるのには骨が折れただろう。それを思うとフランキーは鼻の奥がツンと痺れるような気がして慌てて眉間を揉んだ。
「いや、あの枷の硬さは俺も嫌ってほど知ってる、これがありゃ何だって削れる」
2年前、誰よりもあの足枷を外そうと奮闘したのは他でもないフランキーだった。気絶しているレイルスは知らぬ事だが、ハンマーから始まり最後には爆弾すら使おうとしていた。流石にレイルスの足が吹き飛んでしまうと他のクルーに止められて爆弾の使用は止められていたが、何をしてもビクともせず、工具が尽く壊れたことを覚えていたフランキーは顔を渋くした。
この時フランキーがそこまでして壊れなかった枷がどうして外れたのか、破壊できたのかと違和感を持てばレイルスのイレギュラー性に気がついただろうが、正直もうイレギュラーの塊でしかないレイルスの置かれた状況に目がくらんで気がつくことが出来なかった。フランキーはレイルスに視線を合わせるために体を前傾させてニヤリと笑う。
「あんがとよ」
「……うん」
困った様に首すじを撫でるレイルスをみて、こいつも大概不器用だよな、とフランキーは垣間見えたレイルスの過去を思ってまた笑った。
投稿日:2022/0614
更新日:2022/0614