猩猩緋の鈴に続け
岸壁に囲われるように、愛と情熱の島ドレスローザは存在していた。上陸した岩場でベポの描いたインク汚れのひどい海図を広げたローが作戦の確認をする。赤みがかった岩壁を見上げてレイルスはつらつらと岩に含まれているだろう含有物質を頭の中に並べる。
上陸して真っ先に地面と睨めっこし始めたレイルスにウソップが「始まったぞ」と目を半目にした。作戦を確認しているというときにこれである。ルフィとモモの助が真横で取っ組み合いをしようが自分の世界に入り込んでいるのを見て、気がついたら誘拐されていそうだとウソップとフランキーは目を合わせて頷き合った。親指と人差指で器用にレイルスのコートの首根っこを掴んだフランキーは作戦を話すローのところへ連れていく。流石のレイルスも岩の成分を頭の中に並べる作業を止めて顔を上げた。
「一応話は聞いとけ……つーかお前これパンクハザードで着てた冬用のコートだろ、暑くねぇか?」
「ごめん、暑くはない」
ちゃっかりと錬成陣の描かれたコートを羽織っているレイルスである。「一張羅だから」と曖昧な答えで笑うレイルスにフランキーはそんなもんかと納得する。フランキーも一張羅のこだわりがとてもよくわかる。海パンを誇らしげに見下ろしたフランキーだった。
そして素直に謝るレイルスにフランキーの大きな手が褒めるようにレイルスの頭をポンポンと叩く。先日話した時に子供のような仕草を見た時も感じたが、なるほどロビンはこういうところに弱いのかもしれないとちょっとだけ共感に似たものを抱いた。レイルスは過去、生意気そうに見えて意外にも素直な性格だったことから軍部にて「年上キラー」と呼び声高かったのだが、呼ばれていた本人はその事実を知らなかった。
「……仲間の描いた地図だ」
「うわ、下手」
どストレートなナミの言葉にレイルスが地図を覗き込めば、地図の下側にベポの手の跡であろうインクの染みが残っている。そういえば製図で苦労していたなと真っ白なくまのことを思い出してレイルスはそろりと口角を上げる。よく両手と言わず顔までインクで黒く染めては「臭い!」と嘆いていた。ふと、レイルスの視線がその地図の上の一点で留まる。
「今はここ、ドレスローザの西の海岸だ……ドフラミンゴが住む宮殿は、ドレスローザの中央にある」
とん、とローの長い指が地図の真ん中を一度叩く。つい、とその指先がベポの書いた「DRESS ROSA」の歪んだ文字を掠める。
「SMILEの製造工場はこの島のどこかにあるはず、時間は少ねぇ、工場破壊チームは迅速に行動しろ」
工場破壊チームとなったのはルフィ、フランキー、ゾロである。たったの3名でこの島全域を調べろとは無茶をいう。ナミは自分が船番で良かったと心の底から安堵した。そこまで大きい島ではないとはいえ、これは骨が折れそうである。
「俺たち、シーザーを引き渡すチームはドレスローザを通って北へ伸びる長い長い橋を渡り、グリーンビットへ進む」
「なんでわざわざドレスローザから行くんだよ、直接船で行けばいいだろうが全員で!」
「船では行けないらしい」
「あら、それは楽しみ」
シーザーの引き渡しにはロビン、ウソップ、そしてローが当たる。シーザーが元から白い顔をさらに白くさせて、「安全に頼むぞ」と戦いている。ベポの地図ではなぜかグリーンビットの付近に髑髏マークが描かれている。不吉なマークにウソップも「上陸してはいけない病が」と腹を抱えた。レイルスはいまだ、じっと地図を見つめている。それどころか、睨みつけるように視線が鋭くなり始めていた。
「それから船番チームは、敵襲には気をつけろ。くれぐれも船は奪われるなよ」
「何よそれ!どういうこと!?」
「えぇ!船番、安全じゃないんですかぁ!?」
「そりゃあここは敵の本拠地だぞ、でも船番はサンジも一緒だから……あれっ!サンジいねぇ〜!!」
船番にはレイルスとナミ、ブルック、チョッパー、サンジ、そして上陸を錦えもんに止められているモモの助のはずだったが主戦力となるサンジが忽然と姿を消していた。それどころか、ルフィたち工場破壊チームも揃って全員いなくなっている。チョッパーが途端に危険度の増した船番に悲鳴と涙をこぼしている。ローの目の前で地面に座り込んで地図を睨んでいたレイルスはハッとしたように顔を上げた。
「私も上陸する」
「え、えぇえ〜!?レイルスさんまで!?私達誰に護ってもらえれば!?」
「Dr……ドレスローザかもしれない」
低い、落ち着いた声。レイルスの決心の固まってしまった音を聞いたローはレイルスを凝視してから舌打ちをこぼす。チョッパーも一瞬遅れてから「レイルスのDNAのか!」と思い出してギョッとレイルスとシーザーを見比べた。確かに、言われてみればあり得なくはない。実際レイルスの遺伝子の量産を頼んでいたのはドフラミンゴだ。一度自分の本拠地を経由してから売りに出しているとしてもなんら不自然ではない。ベポの地図に書かれた綴りを見てほぼ確信を持ったレイルスは片手をついて立ち上がる。この2年で、体の重心がぶれることも無くなったしっかりとした動作だ。
「……なら、お前は俺たちと同行しろ」
「え、レイルスさんが危ないんじゃ……」
「単独行動とられるよりよっぽどマシだ」
心臓を捨て置いてまで、こうと決めたら折れない女。梃子でも動かないだろうと察したローは妥協案を憎々し気に漏らす。一考したレイルスもそれで納得したのかコクリと首を縦に振った。実際、ローから却下が出ようがレイルスは船からどんな方法を使っても降りてドレスローザに上陸するつもりであった。呑気に座っていたせいでついたであろう汚れを叩くレイルスと反対に船番組は荒れに荒れた。
「危ないんでしょ!?それにグリーンビットにはドフラミンゴも来るじゃない……!」
「願ったり叶ったりだね」
「なんであんたはそう交戦的なの!!見た目詐欺もいい加減にしなさいよ!」
理不尽なナミの怒りでレイルスはぐわんぐわんと前後に揺さぶられる。ブルックの後ろに隠れたモモの助は、こっそりとため息を零した。本当は、少しだけ億劫だったのだ。逃げ場のない船の上という空間で、人数の減った中にレイルスもいると考えると。でも、誰もが危ないという場所にああも余裕を見せて笑う姿は、なんだか目を奪われてしまう。モモの助は見事なまでの金色の瞳をチラチラと見上げる。ふとその視線に気がついたレイルスがモモの助に目を向ける。しっかりと目があったモモの助は小さく悲鳴をあげてブルックの影に体を隠した。
「いずれにしろ、ドフラミンゴしか売り捌いた先を知らないんだから降りるつもりではいたけど」
「オープンですねぇ」
「思ってても口に出すなよ」
楽しげに笑うブルックはカタカタと骨を鳴らす。げっそりとしたウソップは、モモの助の様子を見ながら確かにこの2人をサニーに残すのは酷なのかとうっすらと思案した。めっちゃ嫌われてんな、とレイルスへ視線を向ければ全く普段通りのレイルスが右肩をすくめている。ちょっとは気にしとけよ、とウソップはその姿を見て少し呆れた。レイルスの纏う空気を感じ取って、ナミも説得は不可能だと悟る。チョッパーもぐしぐしと涙を拭き「頑張ってこいよ」となんとかレイルスを見送る言葉を送っている。船から降りると宣言もしているレイルスだ、下手をすれば本当にこのまま戻ってこないかもしれないという不安を胸に押し込めたナミはビシ、とローとウソップに指先を突きつけた。
「いい、トラ男!絶対、ぜぇったいにレイルスのこと逃すんじゃないわよ!!ウソップもわかった!?」
「わあったって」
「んじゃいくか」
「あんたはもっと惜しみなさいよ!!」
投稿日:2022/0618
更新日:2022/0618