猩猩緋の鈴に続け

「グリーンビットねぇ……あまり、勧められねぇな」
 ドレスローザ北東まで移動したシーザー引き渡し組は、グリーンビットにつながる橋を目前にして待機をしていた。指定の時間よりまだ早かったというのもあるし、何より渡ろうとしていた橋が見るからに危険だったためにウソップが「聞き込みダァ!!まずあの立ち入り禁止が何か聞き込みダァ!!」とごねたからである。カフェのテラス席に座り、店主に話を振ればやめておけと呆れたような視線を向けられた。ロビンに髪を綺麗に結われ、帽子の中に仕舞い込んだレイルスは茶色いサングラス越しに街並みを一瞥する。天気相応に穏やかで明るい日常がそこには広がっている。それにしてもローの口髭の似合わなさよ。レイルスは胡乱げな目でローを一瞥しカップを手に取った。
「研究員か探検家かい?あんた達」
「ま、まあ」
 ウソップの気まずそうな答えに店主が「本当に?」と少し怪訝そうな顔を向けてきたため、紅茶を一口飲んでそれをテーブルに置いたレイルスがため息を零して話を続ける。
「ドレスローザの地質研究だよ」
「地質?」
「海岸の岸壁、赤みが強い花崗岩……カオリナイトが含有されてるからああいう色になる」
「カオ……なんだって?」
「凝血を促進するような作用があるから医療でも用いられる鉱物、珍しいわけではないけど、ドレスローザのは質が良くてね」
「へえ、あの赤い岩が」
「んで、未開の地であるグリーンビットの地質もこれは一度調べねばというわけで来たはいいものの……入口があんなんだから立ち入ってもいいものかと」
 くい、と親指で背後を刺したレイルスに店主は「なるほどねぇ」と感心したような声を上げる。ウソップは店主に背中を向けながらレイルスに「お前何語喋った……?」と鼻水を垂らして呆然とした表情を晒した。シーザーは歯軋りをしてレイルスを睨みつけた。ロビンだけが何故だか得意気に笑っている。
「まあでも、命かけていくまでの仕事じゃないのなら、やめたほうがいい」
「あの橋は随分頑丈そうだけど?」
「ああ、確かに鉄橋だよ?でもお前さん達が見たように入り口はもう誰も使ってねぇ……グリーンビットの周りには闘魚の群れが住み着いててね、そいつらが現れるまでは人の往来もあったようだが、200年も昔の話らしい」
「あの橋200年も前からあるんだ」
「鉄筋コンクリートの構造物はここ20年で流通しだしたから、なんども建て直したんじゃないかしら」
「なるほど」
「和むところかそこ」
 そこじゃねぇだろ、とウソップが内心でツッコミを入れている間に、シーザーが店主に闘魚について問う。ツノのある凶暴な魚で船で近づけば間違いなく転覆させられてしまうのだという。両手を頭につけて、人差し指でツノを模してそう話す店主は強面の割にお茶目らしい。
 鉄の橋ですら闘魚の前では無駄だと語る店主は、橋の先が今どうなっているのか、もうずっと人があの橋の先に行っていないために誰も知らないという。あまりのことにウソップが声にならない悲鳴をあげた。別のテーブルで注文の声が上がり、店主は「まあ無茶すんなよ」とのんびりと席から離れていく。
「おい、トラ男!今すぐ引き渡し場所を変えろぉ!」
「そうだぞ!引き渡される身にもなれ!バカめ!」
「バカめ!」
「変えねぇ」
「んバ……」
 コーヒーに口をつけるローは「ここまできてガタガタ騒ぐな」ともっともなことをいう。ウソップは机に顎を乗せながら顔を皺くちゃにして無言で抗議を続けたが、しかしそれでもローは微塵も折れるつもりがないのだろう。無視をして話を続ける。
「そんなことより、俺が気にしてんのはこの国の状況だ……王が突然やめたのになんだ、この平穏な街は。早くも完全に想定外だ」
「大丈夫かよ!」
 いっそ清々しいほど堂々とそんなことをいうローにレイルスは呆れた目を向けてしまう。呑気に笑っているのはロビンだけだ。レイルスもやはりこの状況はおかしいよな、とテーブルに行儀悪く肘をついて周囲を見やる。やはり、どこからどう見てもこの国の日常であろう光景が流れている。
「王が嫌われてようが好かれていようが、多少なりとも混乱はあるはずなのにこれだからね」
「チッ」
「向こうもバカじゃないんだから、それなりに対策されてるだろうし、罠を張られている可能性の方が高い」
「わ、罠ってなんだよ!」
「うーん、例えば……」
「シッ」
 突然、ロビンの顔が視界一杯になったレイルスはパチパチと瞬きをサングラスの奥で繰り返す。頬をロビンの両手で挟まれて、若干唇が尖っているレイルスはロビンの目が険しく背後を気にしていることに気がつく。しかしレイルスの視界はロビンで埋まっているために何も見えない。
「な、なんだよロビ」
「シー……エリー、まつ毛は取れた?」
「……あー、多分まだ少し痛いような」
 咄嗟に話を合わせてレイルスは目元を指で擦るふりをする。女2人の怪訝な行動に顔を顰めていたローも、ロビンの視線の先にいる異様な出立ちの人影を見て息を呑む。
「CP-0……」
「世界最高の諜報機関、サイファーポールイージスゼロ」
 ロビンから解放されたレイルスは大袈裟にならないようにそちらに視線を向ける。とっくに通り過ぎている人影は大きく、真っ白いマントをたなびかせている。ふるりとロビンの指先が震えていることに気がついたレイルスは、それを指摘することなく冷めた紅茶をまた口に含んだ。
「も、もしかしてCP-9と関係が」
「その最上級の機関よ」
「CP-9だって相当やばい連中だったのに、それよりヤベェってことか!!」
「彼らが動くときにいいことなんて起こらない」
「ってお前は何呑気に紅茶飲んでんだ!」
「残すの勿体無いでしょうが」
「たまにお前のマイペースが羨ましくなるよ俺は!!」
 くい、とカップを空にしたレイルスは舌先に残る渋さに少しだけ顔を顰めながら、視線を空へと逃す。カップをソーサーに戻し、その指先でこめかみをトントン、と叩いたレイルスは嫌そうな声で予想を零した。
「タイミングを考えて、ドフラミンゴが手を回したと思った方がいいんじゃない?」
「バカ言え、世界政府を一海賊が動かせるわけが」
「訳も理由も術もわからないけど、可能性はあるでしょ」
 一番恐ろしいのはそうして排除してしまった可能性のなかに真実が紛れ込んでいる場合だ。そうなってしまうとこちらもなんの対処もできない。今までそんな自分の浅慮で痛い目を見てきたレイルスははっきりと忠告をする。
「限りなくゼロに近い可能性だとしても、それがこっちにとって嫌なものであれば最後まで疑うべきだ、出来うる限りの最悪の想定はしておいて損はない」
「最悪の想定って……」
「ドフラミンゴと世界政府が結託してシーザーを奪いにきていて、カイドウがその糸を引いてるとか」
「やめろ怖いこと言うな!!」
 ウソップの悲鳴に「例えだって」と呟くレイルスだが、その目はしっかりとローを見据えている。その視線の真摯さにローも顔を顰めてから、それでもしっかりと頷いたのだった。
「それに、平穏な街と言っても普通ではなさそう」
 そう呟いたロビンの視線の先には、この国に上陸して真っ先に目についたおかしな光景。動くおもちゃたちだ。人間と共に生活をし、働いている。ブリキのようなおもちゃもいれば、わたが詰まっているのであろうふわふわとしたおもちゃもいる。共通しているのは彼らが意思疎通ができるということ。
「そうだね、普通じゃない」
「おもちゃ族かもしれないぞ」
 ウソップが楽しげに笑っているもレイルスとしてはあまり笑える光景ではない。無機物が、まるで命を持っているかのように話し、笑い、悲しんでいる。まるで人だ。こういうものだと割り切るには些か抵抗があるのは、弟のことがあるからだとレイルスはしっかり理解している。ブンブンと首を振り、「そうだね」と返したレイルスをロビンは静かに見つめていた。

 - return - 

投稿日:2022/0619
  更新日:2022/0619