猩猩緋の鈴に続け
「なるほど」ペラペラと話始めたウィットンの話をレイルスは頭の中で整理する。彼ら小人たちはトンタッタ族といい、グリーンビットの地下に住んでいるという。そして900年も前に遡るその歴史と根深いドフラミンゴの関係。元々ドンキホーテ一族はこの国を収めていた王家であり、それが900年以上前のことだという。ドンキホーテがこの国を収めていた時勢、トンタッタ族は奴隷として長きにわたり支配されていた。その暗い歴史が明けたきっかけが、空白の100年を超えてすぐリク家が王位についたこと。リク王はトンタッタ族を解放し、これまでの人間の行いを詫びるようにしてトンタッタにドレスローザの土地から好きなものを持っていってもいいと告げたそうだ。その結果、ドレスローザの土地には妖精伝説が実しやかに噂され、物がなくなっても誰もが許すような風習があるという。
そして10年前、再び王位の返却をと求めてきたドフラミンゴの策略に嵌りリク王は退位を余儀なくされる。結果として多くの仲間と姫をドフラミンゴの支配下に奪われたトンタッタ族は、仲間を取り戻すため、そしてリク王を信じきれなかった自分達の償いのためドフラミンゴに戦いを挑もうとしている。
「そ、それじゃああなたたちもドフラミンゴを!」
その話を聞いたレイルスが自分達の状況も簡単に話してやるとウィットンは見るからに狼狽えた。まさかこの地に忌まわしきドフラミンゴが来るかもしれない、そしてその場所に自分も向かっているとなればその動揺は致し方ないものではあったがレイルスはそれに気がつくことなく足を進めていく。800年前の王族の入れ替わり、政府の機関CP0の来訪。おまけにレイルスを狙っているという事実。レイルスが考えうる限りで最悪の想定が頭によぎった。全ての条件を重ねたときに違和感を持たせない、一つの名称がある。
「トンタッタと麦わら、ハートの利害が一致する」
「麦わら……は!七武海をやめさせようとしてくれた……!」
「……やめさせた、じゃなくて?」
嫌な言い回しにレイルスは顔を顰める。ウィットンはぐぐ、と歯を食いしばって唸ってから悔しそうに言葉を吐き出す。
「ドフラミンゴは七武海をやめていないれす!」
「……」
「どれだけ、どれだけ私たちがあのニュースに喜んだと……!それを!誤報らって!!」
「誤報?」
「世界政府の役人が来たんれす、脱退は誤報らったって!!」
それはだいぶまずい状況ではないだろうか。レイルスは一瞬立ち止まって脳内を回すように目をぐるりと一周させる。考えろ、取引に意味はなくなり脱退も誤報となれば海軍は何のためにこの地にいる。ローが麦わらと手を組んだからだ、同盟関係はパワーバランスを崩しかねないことからも七武海脱退の理由に該当する。その上でシーザーを返せば、どうなる。ウィットンの入った胸元を押さえてレイルスは走り出す。突然の行動にウィットンが「ビェ!」と悲鳴を上げるもレイルスの足は止まらない。
「ウィットン、今の話からさっき倒れてた2人がドフラミンゴを倒す上で仲間になりうることは理解できた!?」
「で、できたれす!」
「なら仲間のところに戻ってそれを伝えて!」
「あなたはどうするんれすか!?」
「フラミンゴ野郎に直接あってギッタンギッタンに」
「なら!私もいくれす!!」
「はぁ!?」
解放すると伝えて胸ポケットからウィットンを取り出せば何故かレイルスの手にぎゅうぎゅうとしがみついてくる小人。ブンブンと手を振ってみたが一向に離れる気配のないウィットンにレイルスは改めて「はぁ!?」と声をあげた。
「らって……!戻ったら絶対に戦いに参加させてもらえないれす!」
ウィットンはまだ若く、本来であれば地下から出ることすら1人では許されない。それを今回の騒動に紛れて、一矢報いたい気持ちを晴らしたいと戦士の中に勝手に紛れ込んだのだ。もちろんバレた瞬間に相当怒られて戻されそうになっていたのだが、戻る前に海兵の集団を見つけ結果としてレイルスに捕らえられてしまった。とんでもないじゃじゃ馬である。
「私らって戦いたいれす!お願いれす、連れて行ってくらさい!」
ぎゅう、と人差し指と中指に抱きつくウィットンにレイルスは足を止める。思い切りため息を吐き出して、レイルスはウィットンを目線の高さまで持ち上げた。
「……邪魔になれば捨ておくよ」
「!はい!」
「ううんいい返事……」
なるべく凄んで脅したはいいものの、素晴らしくいい笑顔で返事を返されてしまったレイルスは心底困って顔を歪めた。レイルスは完全にウィットンに苦手意識を持ち始めている。やりにくいったらないのだ。
「とりあえず、南東の海岸まで急ぐ」
「だったらこっちの道の方が近いれすよ!」
そう言ってぴょん、とレイルスのジャケットの襟口に飛び乗ってきたウィットンの指をさす方向を見て、レイルスは再び顔を顰めたのだった。
「ロー」
「……お前どっから出てきてんだ」
海岸沿いで佇んでいたローは声をかけられた方向へと向き直る。そこにはどういうわけか薔薇の中から体をニョッキリと出しているレイルス。本当にどっから出てきているんだとローは再び内心でツッコミを入れる。らしくもなく二度見をしたローは花粉まみれのレイルスを見て心底呆れた視線を向ける。周りにロビンとウソップの姿がないことからやはり単独行動に出たか、と舌打ちをこぼし時計を確認する。時間まであと5分を切っていた。
「とりあえずそいつ連れて離れるよ」
「何言ってやがる、これから取引だぞ」
「取引にならないから言ってんの早く」
珍しく苛立った様子のレイルスをローはじっと見つめる。急いで来たのだろう、肩が上がっており呼吸も荒い。何かあったのだろうことは理解できるがだからといってこの場を離れる理由がわからないローは動こうとしない。
「もう一度言うよ、そいつを返しても取引にならない」
「……約束通りあいつは七武海を」
「やめてない」
「は?」
足を薔薇の中から引っこ抜いたレイルスはパンパンとコートに付着した花粉を落とす。だいぶフローラルな香りになってしまったと思いながらも硬直したローが再起動するのを待つ時間もない。座ってこちらの様子を呆然と見ていたシーザーの角をがっしりと掴んだレイルスはぐいぐいとそれを引っ張って立たせようとする。
「いでぇ!何しやがる!!それにさっきのは」
「どういうことだ!説明しろ鉱屋!」
プルプルプルプル。ローのコートから電伝虫のコール音がなる。ローがシーザーを押しのけてレイルスに迫ったため、砂浜に顔面から倒れ込んだシーザーが喚いたが両者とも無視した。「でなよ」とレイルスが顎で指示したためローも渋々手を伸ばす。レイルスはその間も移動しようと再びシーザーの角を鷲掴んでいた。「だからやめろ!」シーザーが噛み付かんばかりの形相でレイルスに怒鳴る。そんな3人の状況などお構いなしに、野鳥がピルピルと歌う声が波の音に紛れて聞こえてくる。
『おいロー!こちらサンジ!』
応答と同時に銃声が電伝虫の口から発せられる。続けて元気そうな声が届いたため無事なようではあるが戦闘中なのか、時々殴打するような鈍い音も聞こえる。レイルスが顔をさらに険しくしてローの背中を体をつかってぐいぐいと押した。鈍いものではあるがローの足が少しずつ進む。
「黒足屋か、工場は見つかったか」
『それどころじゃねぇ……!こっちだ!……テメェ等ァ!!』
どうやら誰かといるようだ。本来ならば船番であったはずのサンジだが、そういえば結局ドレスローザに上がったんだったか。本島で銃を持ち出すほどの状況になっているのはいい状況とは言えないだろう。実際、ローが想定していたのは隠密に工場を発見し破壊することだ。面子からして絶対ムリだろうと麦わらの一味は誰もが思っていたが。
『よく聞け!すぐそこを離れるんだ!!』
「何を言ってやがる、お前も鉱屋も……!これからシーザーの引き渡しだ!」
『ドフラミンゴは七武海をやめてなんかいねぇ!!』
サンジの言葉にローの足がビッタリと止まる。
『シーザーを返しても、何の取引も成立しやしねぇんだ!!』
やめてない、取引にならない。レイルスが言っていた言葉が脳内でリフレインする。それでも飲め込めない情報はローの足を動かすには至らない。
「理屈がわからねぇ」
『俺たちは完全に嵌められた!』
「理屈も訳も、方法も!今はいいから移動しろ早く!」
説明している時間が惜しい。体重をかけてローを押すもこの男、全く動く様子がない。レイルスの足がずるずると砂の上を滑る。レイルスは舌打ちをしてローの脹脛を蹴り上げた。
『わかったな!すぐにその島から……いや待て、お前今鉱って言ったか!?』
「あとでショートしろ今は動け!」
『なんでいるんだレイルスちゃん〜!?』
声が聞こえたらしいサンジが嘆いた。電伝虫の顔が凄まじいものになってローはつい顔から遠ざけてしまう。
『君は船番だろ!?』
「サンジに言われたくない」
ど正論の言い返しにサンジが言葉を詰まらせる。特大ブーメランを喰らったためか目が右に左にウロウロとしている。実際サンジは己の欲求に従って上陸しただけで特別な理由があったわけではない。強いて言うなら女に呼ばれた気がしたから、である。男共に対してであれば堂々とその理由をつげたであろうが、レディに向けて己の欲望を晒すのは些か気まずくサンジは話をもどした。
『と、とにかくレイルスちゃんもすぐに離れろ!ドフラミンゴの部下にはレイルスちゃんの捕縛命令が下ってる!』
「うぉ」
そのセリフを聞いたローが電伝虫をレイルスへと押し付け、荷物のようにレイルス抱え込む。突然の暴挙にレイルスは「アホか!」と怒鳴った。
「シーザー、忘れるなよ……お前の心臓は俺が持ってるんだ」
「ング!」
「いや離せって!この状況下で手を塞ぐな!」
『レイルスちゃん本当に船に!』
近距離で電伝虫に怒鳴られたレイルスは反射のようにガチャンと受話器をおろしてしまう。まるでけん玉のように器用に受話器を降ろされた電伝虫もキョトンとした顔をしている。あ、と思ったがもう伝えるべきこともないだろうとそれをローのポケットに勝手に戻しながらやっと足を動かすローを見上げる。いい加減本当に離せ。その視線を無視するローは海へと目を向けている。
「もう遅ぇ」
凄まじい勢いで、何かがこちらに飛来してくる。空中を上下しながら接近してくる動きは、水中のプランクトンの動きにも似ている。はっきりとそれが目視できる距離にきて、ドフラミンゴその人だと気がついたレイルスは空を飛ぶ人間という情報にギョッとする。
「どうしろってんだ」
悪態をつくローの足元に、ニョキ、と人間が生えてきた。盛大に驚いたシーザーが腰を抜かして叫ぶ。「砂の中からニコ・ロビンが半分出てきた!!」言い得て妙、ロビンの上半身が砂場から生えている光景にレイルスは驚きに目を剥く。
「これは、私の分身よ……今の連絡聞いたわ、サンジからね」
「お前の本体と鼻屋はどこにいる、黒足屋の話が事実ならドフラミンゴとの交渉は不成立だ」
「事実だっつってんでしょ頭でっかち!」
「お前は大人しくしてろ!」
「……よかった、レイルスも無事だったのね」
本当に安堵の表情をロビンがしているものだからレイルスはうっかり気まずくなる。薄情にも眠っているロビンとウソップを放置して目的のために走ったので、ウロ、と目が泳ぐ。
レイルスは自覚していないが案外勘が鋭い。野性味のあるそれと思考能力が相容れぬもののために自覚が皆無だが、安全だろうという勘が働いた結果の行動だったのだ。レイルスの勘は至る所で働いており、なんなら周りを一切遮断して熟考をする場所でさえもこの勘で選んでいる。今回もトンタッタと言葉を交わし、彼らは大丈夫だろうと心の奥で思ったからこそなのであるが、レイルスとしては自覚がないため罪悪感が強い。仲間を拉致されたとトンタッタ族が過激になっていたのだが、ロビンはそれを責めることもなく本当に安堵してレイルスに笑顔を向けている。
「ニコ屋、鼻屋を呼べ!この島からすぐに脱出するぞ!」
「それが、私たち今このグリーンビットの地下にいるの」
「地下?」
「ちょっと……トラブルに巻き込まれて、でも私もウソップも無事よ。補助はできないけど脱出するなら先に行って、約束の港にはあとで必ず向かうわ」
「そうか、わか……!」
ローが体を硬くして上体を起こす。険しい顔をして見つめる先には海軍の集団。
「トラファルガー・ローさんですね」
盲目なのだろう、白杖を持った大柄の男がローに対峙する。
「新大将……藤虎か」
額と両目に走る傷。交差するようなその傷を見てレイルスの顔が歪む。嫌な男を思い出してしまったレイルスは振り払うようにブンブンと首を振る。いまだにがっしりとローの脇に抱えられているレイルスは片腕と両足をブランとさせて諦めたように脱力した。この男離すつもりがないらしい、無駄な体力は使わないに限るとレイルスは死んだ目で諦めた。「武運を」と告げてロビンは花を散らしながらフワリと消える。
「来たか……!」
「ジョーカー!!」
そしてついにドフラミンゴが到着する。シーザーが喜びの声をあげたと同時、3時の鐘がどこかからか耳に届く。新聞で見た顔の男が豪快に笑った。
「ロー!お前にしちゃあ上出来じゃねぇか!まさか海軍大将がお出ましとはなぁ!七武海をやめた俺は、怖くて仕方ねぇよ」
「嘘をつけぇ!!」
血を吐くようにローが怒鳴る。最悪の状態だ、ドフラミンゴは七武海のまま、と言うことは海軍との敵対はなし。それなのにも関わらずローは七武海脱退が秒読みの状態。海軍大将とドフラミンゴ両方を相手取るなんて状況に追い込まれている。
「答えろドフラミンゴ!お前は世界政府の力を使って僅か10人あまりの俺たちを騙すためだけに世界中を欺いたってのか!?」
「大きなマジックショーほど意外と簡単なところに種はあるもんだ……ロー、そんなバカなことするはずがない、そう思い込む人間の常識、固定観念が盲点を生む」
「こんなやり方、思いついてもできるもんじゃねぇ!お前は海賊だ!たとえ七武海であろうが、王位についていようが世界中に嘘のニュースをつける権限などあるはずがねぇ!」
あるはずがない、ありえない。その考えは誰しも持っているものでそれこそドフラミンゴのいう常識や固定観念なのだろう。そしてそれらから逸脱するものを人は化け物と呼ぶのだ。
「こんなバカな真似、もしできる奴がいるとすれば……」
グッとレイルスを掴むローの腕に力がこもる。腹に食い込む腕に少し顔を顰めたレイルスだが、ローが同じ結論にたどり着いたのだろうと察し口をへの字にひん曲げた。当たっていてほしくない推察だったのだ。ローの頭の中ではレイルスの会話を思い出していた。
―― 限りなくゼロに近い可能性だとしても、それがこっちにとって嫌なものであれば最後まで疑うべきだ、出来うる限りの最悪の想定はしておいて損はない
ゼロに近い可能性、最悪の想定。最もこちらが嫌な状況。
「天竜人くらいのもんだ……!」
口に出してもなお、まさかと言う疑念がついてまわる。それでも可能性として残るのはこれだけだった。ジョーカーの過去、命取りになるというヴェルゴの最後の言葉。すべてのピースがピタリと嵌る。
「もっと根深い話さ……俺の目的は一つだ、ロー。とにかくお前を殺したかった」
投稿日:2022/0708
更新日:2022/0708