異観を呈する崖

 途端に元気になってドフラミンゴに助けを乞い始めたシーザーが煩わしく、レイルスはシーザーの巻いていたマフラーを思い切り引っ掴んで下へと引き下げた。首のしまったシーザーが「ギョア」とヤギが絞められた時のような声をあげる。
「こいつを渡すわけにはいかねぇ!何も約束は守られてねぇんだからな……この取引は白紙に戻させてもらう!」
 その言葉に驚いたシーザーが暴れたが、レイルスがくい、とマフラーを締め上げて黙らせる。チラ、と海軍の様子を見るも先頭の男――藤虎の指示を待っているようで銃を持っているものの銃口は砂浜に向いている。出会い頭にすぐさま攻撃を仕掛けてこなかった時点で向こうも状況を把握しかねているらしいと読んだレイルスは改めてローの腕からドフラミンゴを見やる。ドフラミンゴとしては自分の七武海の立場は動かず、パンクハザードをあんなことにした憎きローと海軍をぶつけられるという戦況に持ってこられたことで勝利を確信しているらしい。なんの焦りも揺らぎもなく横柄にローを見下ろしていた。
「それが10年以上も無沙汰をしたボスにいう言葉か?置いてけロー。シーザーは俺の可愛い部下だ」
 とんでもない年数がドフラミンゴの口から出てレイルスは目を見開く。旧知の中であるような発言は多々あったが、まさかそんなにも長い付き合いがあったとは予想していなかったのだ。言えよ、とジトっとした目がローを射抜く。元から必要最低限の言葉しか言わないような男ではあるがこれについては麦わらの一味と共有していてもよかった情報のはずだ。かつてペンギンが「キャプテン自己完結しちゃうこと多いからなぁ」とぼやいていたのを思い出したレイルスはここまで甘やかしたのであろうハートの海賊団に向けて舌打ちをこぼした。自分のことを棚上げしているという自覚はレイルスには無い。ペンギンのぼやきはレイルスへ向けての嫌味も含んだものでもあったのを、当人は理解せずにいた。お前も船長に似て自己完結型だよなぁとペンギンは副音声で語っていた。
「レイルス・エルリック」
 サングラスで見えない目元が、おそらくレイルスを直視した。わざとらしくゆっくりと発せられたレイルスの名に海兵たちに響めきが走る。パンクハザードで目撃されていたのになんだそのざわめきはとレイルスは顔を顰めるも、実際のところ海兵たちはレイルスがドレスローザにいるなど微塵も思っていなかった。あの後「近いうちに」なんて伝言を残していた青雉とすぐに再会することとなったスモーカーが、その青雉に忠告という形で口止めされてレイルスについての情報を一切報告しなかったためである。
 そんなことなど知りもしないレイルスは大人しくなったシーザーを解放してドフラミンゴを睨みあげる。その眼差しにニヤリと笑うドフラミンゴは心底楽しそうな声色で、まるでパフォーマンスを見せるかのようにして両手をあげて笑う。
「会いたかったんだお前には……どうだドレスローザは、いい国だろう?」
「見える限りは」
「つれないねぇ」
「国のトップが人攫いやら神経ぶっ壊れるリスクのある薬物セコセコ作る三下を、可愛い部下だっていうのであれば住みたいとは思わない」
「人攫い?神経が壊れる?そんな物騒なもんこの国にはねぇよ」
「あるだろうがよ全部喋ってやろうか?こちとらパンクハザードで全部見てきたんだよ」
「悲しいね、どうやら俺は随分嫌われてるらしい」
 どんどん口の悪くなるレイルスにシーザーは顔の痛みを思い出すように両手で頬を包んだ。不遜なレイルスの態度にすら気を悪くした様子を見せないドフラミンゴは肩をすくめて笑っている。本当なら今すぐにでもドフラミンゴにレイルスのDNAについての話を聞きたいところではあったのだが、海軍が真横にいる中で聞いた場合に発生するだろうデメリットを思ってレイルスは口を閉ざした。今ここに居る海軍が依頼している薄汚い実験を知っているとなればレイルスが海軍の標的にされてしまう。臭いものには蓋をしろ、海軍のイメージを確実に悪くするであろう情報を知る賞金首の女の首などすぐに吹き飛ぶだろう。
 ここ最近大将になった藤虎がこの薄暗い実態を知っているかどうかという問題もあるが。チラ、と横目で藤虎を確認したレイルスは疲れたような表情で「逆にどうして好かれると思えんの」と悪態をついた。痺れを切らしたローが半歩身を下げてドフラミンゴの視界からレイルスを隠した。
「お前か!世界徴兵で海軍大将に特認された藤虎……噂はよく聞いてる、緑牛と共に実力は折り紙付きの化け物だとな」
「こらどうも、恐れ入ります……まだ、軍の新参者の私にはしかしあんたの行動は理解しかねますね、はっきりと裏は取れちゃいねぇが七武海としてちょいとルール違反をなさってるって情報も入ってやす……そちらさんがさっきからおっしゃる『ジョーカー』ってのは渾名か何かで?加えてお嬢さんの口からも、何やら随分物騒な話が飛び出てやしたが」
「俺を調べたきゃそれなりの覚悟で周到に裏をとってモノを言うんだな、それで?海軍は今回のローの処分をどう決めた」
 ふーん?とレイルスは静かに藤虎を見つめる。なるほどそこまで「耄碌」ではないようだ。島を丸ごと実験施設にしてシーザーを匿い、近隣の島から子供を誘拐していたという証拠も上がっているのにまだ裏が取れないなんて言っているのはどうかとは思うが。裏に四皇がいるドフラミンゴを海軍が下手につつけないという理由もわかりはするが、だからって好き勝手させすぎだろうとレイルスは感じた。
 藤虎はあくまでドフラミンゴ、そしてローの両者の話を聞く姿勢を保っている。ある種公平に状況を見極めようとしていると言う点では赤犬よりは会話ができそうだとレイルスは判じた。
「報じられた賞金首の麦わらの一味との件……記事通り彼らと同盟ならクロ。彼らがローさん、あんたの部下になったのならシロだ。返答によっちゃあっしらの仕事はあんたさんと麦わらの一味の逮捕ってことになりやす」
 事実を確認する術はないとはいえ、まさかロー自身の口から出た答えによって白黒つけようとするとは。七武海とは言っても相手は海賊、赤犬ではないがその決断でいいのかと思わなくはない。ドフラミンゴが子供の誘拐の件にシーザーはなんの関わりもないと言い張ればそれも信じるのだろうか、この男。読めないなと額に手を当てて困った顔をしながらレイルスはローを見上げた。ぎゅ、とレイルスを掴むローの手が強張る。ローの性格を全て把握できているとは思わないが、ローはサニー号にいた時から何度も自身の七武海除名を仄めかしていた。苦労して手にした席にしては随分あっさりと手放すのだなと思っていたがもし、ローの目的が10年以上も付き合いがあるのだという、目の前の男にあるのだとすればその行動にも納得がいく。まだ憶測の域を得ないもののレイルスはほとんど確信に近いものを持ってローの顔を見上げる。
 見たことのある顔だ。普段の冷静さをかなぐり捨てて、己の仇を焼き殺さんとする憎悪の瞳。レイルスの耳に、パチンと指を弾く音が聞こえた気がした。
「それに……レイルス・エルリックさん」
「!」
「お嬢さんにも『今は』捕縛の命がでてる、七武海の部下だってんなら徴集という形ですが……御同行願えますかい」
「『今は』ね……?断る」
「麦わらと俺に上下関係はない!記事通り同盟だ!!」
「いで」
 レイルスが藤虎の意味深な発言に顔を歪めていた間にローの決心はついたらしい、がなるようにしてそう宣告したローはこれまで全く離す気配を見せなかったレイルスを解放する。藤虎からも、ドフラミンゴからもレイルスを殺す発言が出なかったためだ。であればレイルスも動きやすいようにしてやったほうが状況が好転する可能性が高いと見ての判断だ。急に投げ捨てられたレイルスは膝から砂浜に着地し、恨みがましい目でローを睨む。それを無視してローは「一旦時間を稼ぐ、逃げるぞ」とレイルスへ耳打つ。万が一にもどちらかがレイルスを殺してでも、という気配を見せていたのならローはレイルスを離すつもりがなかった。ローはこの2年で、レイルスの危なっかしさを嫌と言うほど知ってしまっていた。どれだけ自分の命に執着がないのかも。
「不器用な男だオメェは」
「では称号剥奪で、ニュースはそれで済めばいいが」
 藤虎が刀を抜いた。途端空へと向かって光のようなものが登っていく。全員が上空へと目を向けている中、見聞色の覇気を使えるものがいち早く状況に気がつく。
「嘘だろ、隕石!?」
「冗談じゃねーぞおい」
 レイルスもギョッとして目を見開くも、次第に目が失望に彩られていく。隕石をどうやってここに落としたか、その理屈は後でいい。今はなぜ、この島にあの規模のものを落とすと言う結論に至ったかだ。
「あーヤダヤダ、なんだってこれで治安云々と講釈垂れるんだか」
「何ブツブツ言ってやがる……!頭を下げてろ!『ルーム』!!」
 そう言って刀を抜いたローが隕石へと向けて刀を振るう。大きく振りかぶられた刀が、その軌道に沿って隕石を真っ二つに切り裂く。器用なことにその片方ずつを藤虎とドフラミンゴの上へとお見舞いする形で。とてつもない熱気と衝撃。レイルスは地面に片手をついてローごと砂の壁の中へと囲う。あれだけの大きさの隕石が落ちてきてこれだけの衝撃で済んでいるのは藤虎の加減のおかげなのか、それともローやドフラミンゴの捌き方が上手いのか。いずれにせよ全員悪魔の実の能力者なのだろう。「やんなるなぁ全く!」と再びレイルスが怒鳴る。凄まじい強風と熱波、地震のような地面の唸り。誇らしげにこの土地の緑を育て守ってきたのだと言っていたウィットンの笑顔がレイルスの視界にチラついた。

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投稿日:2022/0709
  更新日:2022/0709