異観を呈する崖

 レイルスが氷に手をついたのと同時にドフラミンゴが急接近してくる。バチバチという錬成光とともに、ドフラミンゴへ向けて氷の支柱が幾重にも重なって伸びていく。ドフラミンゴは興味深そうにそれらを眺めてから悠然と右手を振るい、自身へと迫ってくる攻撃を賽の目状に砕く。海水でできた氷であっても特に切れ味に違いはないようだとレイルスは舌打ちをこぼしてその場から跳ねるようにして退く。レイルスの立っていた場所に大きく亀裂が入ったのを見ながら、どうやら手足の一本程度なら削いでもいいと思っているらしいと察してレイルスは「危ないな!」と不敵に笑いながら叫んだ。
 くるりと回転しながら攻撃を避け、ジャケットの中に腕を突っ込んで試験官を一つ取り出す。手に持ったままのそれを先ほどサニー号を逃すために錬成した氷の壁に叩きつけて砕き、錬成を行う。光とともに錬成された氷の槍をがっしりと掴み取り、足で剣先を蹴り上げて落下してくる氷塊を叩き割った。遠心力で回った槍の先がくるりと一周回って、がり、とレイルスの足元を削る。ちょこまかと動く氷上の金色にドフラミンゴは上機嫌に笑い声を上げた。
「踊ってるのか?上手いじゃないか」
 カッチーンとレイルスの顔に血管が浮く。苛立ちのまま肩をぐんと引き、手にしていた槍をドフラミンゴへ向けて全力で投擲する。避けるどころか能力で絡みとってドフラミンゴの目前で停止した槍。にやにやと笑ってそれを砕いてしまおうと糸を絞るも、僅かに軋む音がするのみ。不審に思って笑みを消したドフラミンゴが槍を見下ろせばうっすらと赤みを帯びている。自分のコートの色が反射しているわけでもなく、氷にしては透明度が低い。動きを止めたドフラミンゴにレイルスは肉薄し、右足を脇腹へと叩き込もうとするも槍の位置を動かされて防がれてしまう。体を反転させて立て続けに反対の足で蹴りを入れるも、同じようにして防がれる。レイルスのブーツの靴底にぎりぎりと槍の持ち手が食い込む。ニヤリ、とレイルスが笑ったと同時にレイルスの靴底からバチバチと錬成の光が迸る。
「おっと」
 簡単には壊れなかった槍が、レイルスの弱い足蹴りによって砕けた。一歩下がることによってレイルスの攻撃を回避したドフラミンゴが興味深そうに氷の上に転がる槍を眺める。青みがかった足元の氷と並べると、やはり赤い。まるで血が溢れたようにカケラが異色を放っている。
 遊ばれている。レイルスはそのことをはっきりと認識していた。シーザー奪還については焦燥を見せていたようにも思っていたのだが、別働隊がいるのだろうか。レイルスが引き止めてからは一度もサニー号の方へ意識を向けていない。レイルスが湾曲して伝えた、「SADをより改良できる知識がある」という言葉を鵜呑みにしているとも思えずレイルスは眉を寄せた。ドフラミンゴが長い足を振り上げてきたため重心を後ろへと流して回避したレイルスはそのまま足をついた地面をバキバキと錬成させる。細長い円柱が2本地面から生えあがり、そのうちの一本を掴んで足を払って根元を砕く。棍棒のようにドフラミンゴの顔目掛けて振るうも避けられ、糸を絡められて砕かれる。だめになった一本に見向きもせずにレイルスは2本目の円柱に手をかけて同じ容量で割り、今度はすぐさま投擲する。
「解せねぇな、なんでバカの真似をしている、エルリック」
「あぁ!?」
 弾丸のように糸の塊が飛んでくるのを足元の氷を壁にすることで防ぐレイルスは端正な顔を険悪に歪めて吠えた。
「ローや麦わらに付き合ってやってるのか?そのために『時間稼ぎ』なんて無駄なことを?」
 目視すらできない糸の刃が、レイルスの頬を掠めてはらりと金色の髪が舞う。頬を流れる血の不快さにか、レイルスは瞼を片方細めてドフラミンゴを睨み上げた。
「言わなかった?ぶっ飛ばしたいって」
「それがバカのフリだと言ってるんだ、お前さえ大人しくしていれば俺はお前を丁寧にもてなすっていうのに」
 攻撃の手を止めてきたドフラミンゴに、レイルスはさらに顔を顰めてぐい、と頬を手の甲で拭う。顔の内側に伸びた血の跡が、レイルスの鼻先に線を引いた。
「なあエルリック、自分の価値を改めて見直す機会だ」
「価値?」
「あんな餓鬼共のせいで損うなんてあっちゃならないんだよ、わかるだろ?」
 子供に言い聞かせるような穏やかな声色。敵意はないのだとアピールするように両手を広げているドフラミンゴの言動のチグハグさにレイルスは吐き気がすると言わんばかりに舌を突き出してみせた。本当に敵意がないのだとすれば、ハンズアップではなく両手は海水に浸せとレイルスは内心で悪態をつく。
「『害う』ね、わかったようによく喋る」
「あ?」
「誰にも、誰にも害わせることなんてできないよ」
 ふー、と大きく息を吐き出したレイルスは前傾させていた姿勢をグッと伸ばして疲れたように肩を回す。ガシャ、とジャケットの中で試験管同士がぶつかった音がする。トントンとブーツのつま先で氷を叩いて、レイルスはドフラミンゴへと嗤笑を向けた。
「はは、本当にそうだよ……私を害う原因があるとすれば、私にしかない」
 魂に傷が入る瞬間を知っている。自身よりも己の価値を知りうる存在を知っている。レイルスに価値を問うた時点でドフラミンゴは踏み込むラインを見誤ったのだ。
 トン、トンと氷を叩いていた爪先を乱暴にガン、と氷が跳ねる勢いでおろしたレイルスの足元からバチバチと錬成光が溢れる。ビキビキと音を立ててドフラミンゴへ向けて亀裂が走るのを目視したドフラミンゴは軽々と身を空中へと逃がした。避ける必要もない僅かな溝。しかし、足先にゾッと悪寒が走った時には遅く、割れ目から吹き出すようにして溢れ出た海水に左足が濡れる。ぽた、と雫が滴る感覚にドフラミンゴはビキリと額に血管を浮かせた。
「……躾がいるな」
 ドフラミンゴの纏う空気に冷淡さが入り混じる。ぐる、と右腕を一度回したレイルスは手のひらを上へと向けて挑発するように人差し指で男を招いた。

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投稿日:2022/0730
  更新日:2022/0730