異観を呈する崖
ドフラミンゴ、藤虎の追撃から命からがら逃げおおせ、シーザーを抱えて一足先にゾウへと向かうこととなった船番組。サニー号の電伝虫に錦えもんから連絡が来たため、ウソップとも通信を繋ぎ現状把握に努めていた。「こちらサニー号、サンジだ!ナミさん、ブルック、チョッパー、モモの助……それとシーザーがいる、各自状況を伝えろ!」
2体並んだ電伝虫にサンジはチョッパーから手当を受けながら声をかける。
『こちら錦えもん。コロシアム前、ルフィ殿とゾロ殿が一緒でござる』
『こちらウソ――アーウ!こちらフランキー!ウソップとロビンが一緒だ!――何すんだオメェ!!』
『ねぇサンジ、サニー号にレイルスはいないの?』
ロビンの声にサニー号にいるメンバーの顔が歪む。ロビンとしては、途中逸れたレイルスはシーザーとともに船に戻っていると考えるのが自然だ。何せレイルスもシーザー同様にドフラミンゴに狙われているのだから。
「……グリーンビットに残ったわ」
『はぁ!?』
「俺たちのことドフラミンゴから逃がしてくれたんだ!ローも、レイルスも!」
チョッパーの悲痛な声に、2体の電伝虫はグッと押し黙る。サニー号にいる面々も同じような表情を作っているため気持ちは皆同じだった。
『このままトンズラ……』
『言うな!!』
ポソ、とゾロが呟いた声にウソップが怒鳴り声を被せた。「降りるって言ったじゃん」と悪びれなくいうレイルスを全員簡単に想像できてしまって頭を抱える。ナミがシクシクと顔を覆って項垂れた。
「なんであんなに怖いところに迎えにいかなきゃなんないの、なんでトラ男はレイルスのことも船に飛ばしてくれなかったの、私あいつのこと恨みそう……レイルスのことは絶対に恨むわ……」
「でも、レイルスさんが残ってくれなかったらきっとドフラミンゴは地の果てまでこの船を……」
「いうなぁブルックゥ〜!!」
「……ロビンちゃんが予想していた通り、レイルスちゃんは生捕にするよう命令が出てるらしい、殺されるこたぁねぇだろうが……」
グッとサンジが押し黙る。ちら、と表情を盗み見たブルックはそこに怒りや焦り、不安がごちゃ混ぜになっているのを見て、あの場からサンジを引き離してしまったことを悪く思った。実際、サニー号がやられてシーザーを奪われてしまえば作戦どころではなくなってしまうのだが、かといって仲間を1人敵前に置いてきてしまったことに変わりはない。サンジだけではなく、サニー号にいる全員がその事実に押しつぶされそうになっていた。軽口を叩いたゾロは、おそらくそれを見越していたのだろう。そんなことを思いながらブルックはあえて明るい声を出す。
「いやぁそれにしてもびっくりしましたね、レイルスさんがあの元大将青雉の力を使えるなんて!」
『青雉?』
「闘魚というとんでもない魚に船が襲われていたんですが、突然その魚ごと海が凍りついて!!ドフラミンゴに加えて、青雉まで襲ってきたのかと思いましたよ私〜んもぉ〜怖かった!」
『あれに襲われたのか……ってえぇ!?レイルスが海を凍らせた!?』
『アハハ、あいつスンゲェな〜』
ルフィの呑気な声にやっと肩の力を抜いたナミを見て、サンジは少し安堵する。レイルスがドフラミンゴに向かって行ってからずっとナミの顔色が悪かったのだ。まだ普段よりは血の気がないが、それでも多少持ち直したのかモモの助を撫でる手つきはいつも通りだ。ナミとて仲間を信頼していない訳では無い、レイルスが簡単にやられる程弱くないのも知っている。けれどローのところから心臓を置いてまで居なくなったという話を聞いてからその無謀さや投槍な空気を感じ取ってしまい、不安を煽られてしょうがないのだ。レイルスはレイルスに対してあまりにも無頓着だ。そんな女を敵のボスの前に置き去りにしたという事実は軽くはない。
『レイルスって一体、なんの能力者なのかしら』
ロビンの声にウソップ、フランキーがああだこうだと言い合いを始める。悪魔の実は総じて前任者の悪行、或いは善行によってその名を世界へ轟かせる代物である。海軍大将のロギア系のものもそうであるし、白ひげやエースがいい例だ。ドレスローザにあるというメラメラの実は現に頂上戦争にて死んだ、海賊王の息子の能力として大々的に人の目を集め衆知されている。
しかしあれはなんだ。サンジは難しい顔で考え込む。昔、悪魔の実の存在すら信じていなかった頃に読んだ「悪魔の実図鑑」。麦わらのクルーの中で唯一その本に目を通したことのあるサンジでも全く覚えのない能力。ルフィが気にしなかったというのもあり、誰もレイルスのあの力について質問は投げかけていないが、いったいなんの能力だというのだろうか。ドフラミンゴの実にしても、凡庸性が高く初見ではなんの能力なのか全く想像が付かなかった。しかしタネを聞けばああと納得はできるものなのだから元から悪魔の実とはそういうものかと無理やり納得したサンジは、話の方向が逸れていることに気がついて声を上げた。
「兎にも角にも船を降りると宣言までしてたんだ、何がなんでも見つけておけよ!シーザーを抱えている以上、ドレスローザへの上陸は難しいかも知れねぇが、こっちも急いで戻る!」
『レイルスのことは俺たちにスーパー任せとけ!それと、俺からも報告だ』
そこでフランキーが語った小さな兵、トンタッタ族によるドフラミンゴ討伐作戦。片足のおもちゃの兵隊が隊長となり、囚われた500名のトンタッタ族を救う為、そしておもちゃに変えられた人間たちを元に戻すという話だ。おもちゃが人間だったという話に数名は顔をくもらせる。やはり海賊の治める国と言うのは闇が深い。
『ルフィ、俺はトラ男の作戦には乗れねぇ……トラ男の思惑はこうだったな。カイドウを落とすためにドフラミンゴは敢えて生かして利用する』
困惑の声をあげる仲間の声を宥めるような静かな語り口。いかにフランキーが本気なのかが、声だけでもわかった一味は揃ってフランキーの言葉を静かに聴く。
『だがそれじゃあ、今日ドフラミンゴを討とうとしてる奴らはどうなる?小人たちは止まらねぇ……一見楽しげなこの国には深い、深い闇があった。こいつらは今、その闇をぶっ倒すために命懸けの戦いを始めようとしてやがる!』
国の苦しさは、その国に住んでいるものしか分かり得ないもの。かつてのアラバスタでも、空島でも。麦わらの一味はその苦しみや悲しみの一部しか理解していないのだということを全員がわかっていた。ただ知っているのは、そんな中でも折れることなく、ひたすら戦おうとする心があるということだけ。そしてそんな心に触れて、今までも海賊らしく「好きに」やってきたのだ。
『薄汚く巨大な敵に挑むこの勇敢なるちっぽけな軍隊を!俺は!!見殺しにはできねェ……!ルフィ、お前がなんと言おうと俺はやるぞ!』
フランキーの言葉に一味が感じたのは共感ただ一つ。全員の腹が決まった瞬間だった。
『フランキー、好きに暴れろ!俺たちもすぐ行く!!』
投稿日:2022/0806
更新日:2022/0806