無計画な自由
石造の建物内でわんわんと反響するアラートの音によって目を覚ましたローは状況の悪さに一瞬再び意識を飛ばしかけた。目前には宿敵ドフラミンゴ、見慣れた顔もある幹部の部下たち。そしてどういうわけか、ドレスアップさせられてテーブルの上に横たわっているレイルスの姿。コーンヒールをはかされた足が膝下からテーブルの外へ投げ出されている。光沢の全くないドレスは、前王家が残していった喪服。ホルターネックのため、腕、肩が大きく露出するデザイン。しかも、首元から胸元までは薄いレースの生地が使用されており、肌が透けて見える。火傷の痕を見せつけるようなドレスであったが、レイルスの金髪に一番映える色が黒だと判断したベビー5によって誂えたドレスは、しかし確かにレイルスを美しく飾り立てていた。ふっくらと膨らむ胸元が静かに上下しているのを確認したローは、ギロリと眼前を睨みつける。鉛玉を複数箇所撃ち込まれた体、おまけに海楼石の手枷をつけられて「ハートの席」に座らされている現状。テーブルの上もそうだがドフラミンゴの趣味の悪さがうかがえてローは口の中に溜まっていた血を床に吐き出した。
映像電伝虫からはコロシアムの映像が投影されており、ルーシーという男が多く声援を受けている。会話を聞くに、どういうわけか映像に映っている男を麦わらのルフィだと勘違いをしているらしいと知ったローは、続けて聞こえてくる『侵入者は麦わらのルフィです!』という放送に顔を顰めた。本来であればルフィは工場破壊、隠密行動を任せていたはずがドフラミンゴの策略によりコロシアムに参戦していると聞かされていたため、ローは静かに状況把握をするべく顔を動かす。周囲の慌てようから、どうやらルフィが王宮に攻めてきていることは想定外らしい。ローとしても、コロシアムの優勝賞品が2年前に死んだポートガス・D・エースの能力であったメラメラの実と聞いて半ば諦めていたのだが。しかし作戦とは全く異なり王宮に攻め入ってきているらしいルフィに、まんまと捕まっているレイルス。あれの奪還のためだろうな、とあたりをつけたローはドフラミンゴを見て鼻を鳴らした。
「目が覚めたか」
「ああ、騒がしい放送のおかげでな」
しかし強がってもいられない状況であることには変わりない。すでに動くことができないローは、麦わらの一味に託すほかなくなった。しかし目の前で転がっているレイルスはどうしてまんまと捕まっているのだろうか。きちんと最後まで面倒を見ずにいたことを棚に上げてローはレイルスへ舌打ちを向ける。ワインのグラスの並ぶテーブルで、目視できるほどのドフラミンゴの糸が絡み付いているレイルス。能力が使えないローでは判断ができかねたが大きな怪我を負っているようには見えない。
けたたましい放送で目を覚ましたのは、ローだけではない。レイルスもうっすらとではあるが意識を浮上させていた。そのことに気がついたのはドフラミンゴのみで、テーブルに横たわるレイルスを見下ろしてニヤリと笑い、レイルスの顔の横に置かれていたワイングラスを手に取った。
レイルスは、ドフラミンゴと戦いながら出来うる限り敵の能力について観察を行なっていた。これまでの会話や、遺伝子実験のことからもドフラミンゴはレイルスを殺すことはないだろうと確信したため、強硬手段に出たのだ。
レイルスはドフラミンゴの思惑を知りたい、だが相手は素直に話すとは思えない。であれば敵地に潜り込んで自ら調査をするしかない。どうせ捕まるのであれば、逃げる時のことを考えてドフラミンゴの能力の弱点なり掴んでから、と思ったためああして一人相撲をしたわけである。結果としてレイルスは海水をかけるという荒技ではあったものの、ドフラミンゴの体が解ける様をはっきりと視認した。そしてレイルスの思惑通り、ドフラミンゴは根城である王宮にレイルスを連行した。
ドフラミンゴは馬鹿ではない。シーザーのような迂闊さはないが、プライドの高さはシーザー以上。そんな男が、海軍が不利になる情報を簡単に闇に葬るはずがない。いつでも海軍に有利に取引を行えるよう、大切に証拠となる何かを残しているはずだとレイルスは踏んでいた。例えば大将を自分の国から黙って帰らせるために、海軍にとって都合の悪いレイルスに纏わる実験の依頼内容だとか。
事実、現状はドフラミンゴにとってもそこまでいいものではないのだ。七武海脱退の誤報に加え、シーザー・クラウンという男を匿っていたという事実の露見。そのシーザーの口から出た闇のブローカーの名前を藤虎に聞かれてしまっている。カードを切るには申し分ない状況であるはずだ。レイルスは海軍とドフラミンゴが取引を行う前にそれに辿り着かなければならない。だからこそ、ドフラミンゴに大人しく連行されたのだ。
「存外悪くないな、エルリック」
その発言でローはやっとレイルスが目覚めていることに気がつく。同時にレイルスも衣服を剥ぎ取られたらしいと自覚し、壁際にて座り込んでいるリク王に聞こえるほどの舌打ちを鳴らした。足がずいぶん軽い、どうやらブーツも取り上げられているらしいと気がつき、なるほどローと10年以上の付き合いというのは伊達ではないなとドフラミンゴを睨み上げた。
怯んだ様子を見せないレイルスを見てドフラミンゴは満足気に笑う。実際レイルスはドレスに臆していない。過去、軍の上層部に着せ替え人形よろしく社交会に連れ回されていたことがあるレイルスは、意外なことに着飾ることには慣れていた。最年少、それも女の錬金術師。ただでさえ最年少というだけでも注目を浴びていた中で、女の錬金術師というのは国民にも衆知されるほどのものだった。女の国家錬金術師は過去の歴史を見ても数名いる程度。レイルスが軍部に入った時点では30年ぶりのことだった。最年少の肩書きは僅か一年で最悪の形で奪われることとなるのだが候補と名高い大事な人材であることは揺らがない。自分のために死ぬ運命にある贄を一目みたいという心理は理解できるものではなく、当時レイルスは敵地に乗り込む心地でドレスを身に纏っていた。変わらない、ここも敵地だとレイルスはゆっくりと口を開く。
「目が覚めてこの体勢ってのは、安く見られたものだね」
「フフフ、怒るこたねェだろ?怪我の手当をしてやったんだ」
恩着せがましく口を回すドフラミンゴの発言で、確かに体の痛みが消えているとレイルスは驚く。それも違和感を感じる程に怪我が治っている。長い時間気を失っていたとも思わない、それなのに傷口が塞がっている部分が多々あるというのはどういうことだろうかとレイルスは訝しんだ。そして同時に、体が動かしにくいことに気がつく。十中八九ドフラミンゴの能力だろう、ローやルフィの対応に追われ多少レイルスへの警戒が緩むと予測していたのだが外れたらしい。自由な顔で横を向けば苦し気な表情のローと目があった。相当傷を負わされているのか、黒いコートなのにも関わらず血の色が見て分かるほど変色している。そしてレイルスもローの腕にかけられている枷に気がつく。これだから能力者は、そんな視線をレイルスから受けてローは状況を忘れてヒクリと顔を引き攣らせた。身ぐるみを剥がされているレイルスに向けられたくはない視線だ。お互いに使えねぇとばかりの視線をぶつけ合った2人はフンと顔を逸らした。
「折角治療したんだ、下手に動いて傷を増やすなよ」
鎖骨のあたり、ちょうど火傷の痕の縁をするりと指先でなぞられてレイルスはゾッと肌を粟立たせる。首をたどり耳の裏までくすぐるようにして指が触れる。人差し指と中指の第二関節で、耳たぶを挟まれたレイルスは反射的に指先から逃げるように顔を逸らすがその瞬間、ちくりとした痛みが頬に走って思わず顔を歪めた。
「言わんこっちゃねェ」
痛みの走った場所に、先ほどと同じ感覚で触られてレイルスは痛みに耐えるように息を震えさせた。容赦のない指先が離れた時には、レイルスの頬を滑るようにして血の滴が流れ落ちていた。一定以上無理に動くと糸が食い込んで肌が切れる。頸動脈などを傷つけると洒落にならないなとレイルスは息を深く吐き出して瞳を伏せる。体を少しずつ動かして改めて状態を確認する。足は自由だ、左肩も動く、しかし右手は指先すら動かず首も今の位置から動かすと糸が食い込む。なるほどそれなりにレイルスも詰んでいる。大人しくなったレイルスにドフラミンゴは満足そうにして離れていく。さてどうするか、麦わらのルフィが侵入していると騒いでいる放送をBGMにレイルスは楽観的に見えるほど落ち着いて思考の海へと沈んだ。
投稿日:2022/0818
更新日:2022/0818