無計画な自由
「お前らの狙いはSMILEの工場、それだけのはずだ。なのになぜ麦わらたちとグリーンビットの小人たちが繋がっている?昨日今日の思いつきで出来るものじゃねェ」
「小人?」
「連中はどうやって地下へ侵入した?なぜシュガーを狙う?連中の動きはどういうわけか俺の都合の悪い方悪い方へ繋がってやがる、これが偶然でなけりゃ……奴ら、この国の闇の根幹を知ってることになる」
ドフラミンゴとローの話を聞いたレイルスはなるほどな、と情報を整理した。レイルスはウィットンから、そしてロビンとウソップはグリーンビットの地下に連れて行かれて彼らの話を聞いた。しかしローはその話を知る由もない。本気で怪訝な声を出していることから、実際にトンタッタ族を目にしていない可能性もあるとレイルスは推測した。シュガーという名前はレイルスも聞き覚えのないもの。しかし地下へと侵入という言葉から、先ほどグリーンビットで地下にいると言っていたロビンとウソップだろうと息をつく。なるほど地下か。ドフラミンゴの言動を見るに、大切なものほど手元、もしくは自身の力の及ぶ場所におくタイプのはずだ。であれば、大切な工場はこの真下。少なくともドフラミンゴにとって触れられると都合が悪くなる「シュガー」もこの城の地下だということ。ベビー5が「答えなさい!」とローを引っ叩き、人を殺すような目で睨まれ返されてエグエグと泣いているのを聞く。機嫌も具合も悪そうなローの目つきはいつもの二割り増しで悪い。
「言ったはずだ、あいつらと俺とはもう関係ねェ……同盟は終わってる」
おっと。レイルスはローの台詞に面白そうに口角を上げた。同盟をやめるという話はおそらくローの中だけで下された決断だろうということが容易にわかり、レイルスはルフィ相手にそれは絶対に通じないだろうと喉を鳴らす。怜悧なローにしては未だにルフィの傍若無人さを把握しきれていないらしい。
「お前のいっていることは俺にはほぼ理解できねェ」
「ん?俺を騙そうとしているのか?それとも本当に知らねェのか?なぁエルリックお前はどうだ」
「そもそも私はローとルフィの仲間じゃない、聞いても答えられない」
「それは失礼した、身軽で都合いい事だ」
「パンクハザードもあのザマだし、ますます殺せないって?」
シーザーがこの場にいないということは、少なくともルフィを除く麦わらの一味が無事にサニー号で離脱したということだ。そうなれば、SMILEの源であるSADがこれ以上生産されない。いずれ工場はハリボテとなるのだから放置しても問題はない。そう言った意味を含めた言葉を皮肉も踏まえて湾曲して伝えればドフラミンゴは続きを促すように沈黙した。ため息を吐き出したレイルスはキョロと目を周囲に向けて、まあいいかと口を開く。
「SMILEの工場と同じ場所で、私の遺伝子をどうにかしているのであれば話は別だけど。私が調べてから壊してほしいかな」
「……一体どうやって知ったのか、面白い話を知ってるな」
誤魔化すことなく笑うドフラミンゴを一瞥したレイルスは、それ以上口を開かない。ドフラミンゴのような手合いに対して、あれもこれも聞いたところでこっちがどれだけ知っているのか把握されて終わるだけだ。例えばここでレイルスが「じゃあどの場所でやってるのか」と聞けばドフラミンゴにそこまでの情報を掴まれていないと暗に示すことになる。最悪その情報をどこぞに隠されて終わりだ。
「なら、安心だな」
「…………」
「SMILEは繊細なんだ、別の施設を併設なんてしていない」
嘘ではないだろう。実際、部屋の中を見渡しても科学者らしきものの姿は見えなかった。レイルスを捉えてすぐにその施設に運んでいない時点でこの国で遺伝子実験を行なっていないだろうことは予測していた。何せシーザーが抽出した遺伝子自体不完全なのだ。その完全体が目の前に転がっているというのに科学者が出張ってこない時点で、この国で抱えている部下にシーザーのようなサイエンティストがいないのは明白だ。
「それが本当だって信じる馬鹿だと思う?」
ドフラミンゴの意識をしっかりと工場へ向けさせたいレイルスは考えと真逆の言葉を口にする。レイルスが仮に逃げ出した際、この城の中を捜索される可能性が下がる。レイルスが求めているのは紙の資料、それを狙われていると勘づかれるのはどう考えても不利だ。何せ工場と違って最悪の場合、資料そのものをドフラミンゴの手によって抹消されてしまうことだって考えられる。そうであればローとルフィから守る為に警備を厚くしているだろう工場にのみ意識を向けて置いてくれた方がレイルスとしては話が明瞭で動きやすくなる。
「事が片付いたら見学でもさせようか?こんな尋問、ヴァイオレットがいれば瞬時に終わるんだが。それともリク王、お前の差し金か?」
話の軸を戻されてしまいレイルスは簡単には行かないなと口をへの字に曲げた。ドフラミンゴと話していると、こちらを掌握しようという魂胆がそれとなく織り交ぜられた言葉が飛ばされるためちょっとした会話でも気が抜けない。カリスマ性は確かにあるのだろう、事実会話の主導権すらなかなか奪えない。レイルスはまだドフラミンゴと数時間のみの付き合いのため問題ないだろうが、ローはおそらく行動も思考も予測されてしまうだろう。相手の性格や行動原理、思考回路を熟考して把握できる力がドフラミンゴにはある。あくまでドフラミンゴの優位になる言葉なのにも関わらず、相手の欲しい言葉に錯覚させる話術。あーぶっ飛ばしたい。レイルスは奥歯をぎりりと噛み締めた。
しかし、ふとレイルスの頭に疑問が湧く。はっきりとドフラミンゴに殺したかった、と言わしめたローをわざわざ海楼石の手錠をかけてまで生かしている理由とはなんだ。それもあんなに立派な椅子に縛り付けるようにしてまで座らせて。苦しめて殺すにしても、例えば牢に入れてしまうだとか海に沈めておくだとか方法はあるだろうにどうして王宮のこの場所を選んだのだろう。ドフラミンゴの会話から、レイルスは自分の体の価値がドフラミンゴにとってはそれなりに高いらしいときちんと理解している。だからこそレイルスがいる場所にローまで縛り付けて生かしているという理由が思い浮かばない。自身が人質たり得る可能性を除外しているからこそだった、いまだ自己評価は最底辺を横這いに保っている故のポンコツである。もっとも、ドフラミンゴは未だローのオペオペの能力を諦めていなかったというのも一因ではあるのだがそれはレイルスの知らぬところであった。
ローから麦わらの一味の動向を尋問して聞き出そうという魂胆だろうか、すでにルフィが王宮に侵入しているというのに。これではまるで、ローを簡単に殺せない理由があるようだ。10年、10年かぁとレイルスは天井を見上げながらぼんやりと考える。レイルスが弟を置き去りに故郷を飛び出して、旅の終着までおよそ10年。決して短くはない時間だということを身をもって知っていた。良くも悪くも10年という間、忘れられることなく記憶に残っていたということはドフラミンゴにとっても、ローにとっても互いに強い何かを抱いているのだろうことは確実だ。
人間とは不思議なもので、時間の経過によって記憶を薄くしていく傍ら、その時強く感じた感情を濾過して凝縮させることがある。石のように硬くなった感情はいっそ洗脳のようにその人物の人間性にすら影響する。原石のようなそれは磨きあげられて宝石となることもあれば、起爆剤のように少しの刺激で暴発する危険物にだってなる。こうして一歩引いた位置で見れば、わかりやすい。レイルスはローの顔を改めて横になった視界で眺める。見た事のある顔だった。「恨むぞ、鉱の」と弟の上官である男の声がレイルスの頭の中で反響した。
投稿日:2022/0827
更新日:2022/0827