無計画な自由
スートの間の電伝虫が着信を知らせた。受話器を下ろせば途端に涙と鼻水を垂れ流し始めた電伝虫にレイルスは「うわ」といやそうに顔を顰める。
『シュガーが!シュガーが……!すまねェドフィ〜!!』
シュガーという名前にローとレイルスは耳を立てる。相手の弱点になりうるかもしれないものの情報だ、虎視眈々と逆転を狙う2人の目は陰険にギラリと光った。
「シュガーがどうした」
『き、き!!気絶……!!気絶しちまったァ〜!!』
「なんの冗談だ……!?」
そこで2人は初めてシュガーというのが人名だと知る。そしてドフラミンゴの狼狽えようから、その報告がドフラミンゴにとって非常に都合の悪いものだということも。気絶しただけでこれだけ一大事件のような扱いをされるということは考えられる可能性は一つ、悪魔の実の能力によって大きな影響をもたらしていたということだ。ロビンとウソップが敵を倒したということだろうか、とレイルスはわずかな情報で正解を導き出す。そして心の底からローの能力が能力者の気絶によって切れないもので良かったとそっと安堵した。そうでなければおそらくレイルスはとっくに心臓を抜き取られた影響で死んでいただろう。
「若ァ〜!コロシアムがァ〜!」
バッファローが叫びと共に投影されていたコロシアムの映像を指さす。画面にはどういうわけかおもちゃが人間に変身する場面が映り込んでおり、レイルスは驚きで目を見開きながらも瞬間的に嫌悪を覚えた。混乱を絵に描いたような光景、人々の表情は驚きに始まり感動、喜び……怒り、絶望が入り混じり始める。
『10年かけて増やし続けた俺たちの「僕」どもが!人間に戻っていく……!ホビホビの呪いが解けていくゥ〜!!』
電伝虫の続けた言葉をレイルスは噛み砕くように頭の中で咀嚼する。増やした、僕、人間に戻る、呪いが解ける。そして言葉の意味の裏を考える。呪いをかけた、10年かけて奴隷を増やし続けていた。奴隷と評される何かがこの国にはいて、レイルスたちの目に見えない場所で虐げられてきたのだろう。そしてシュガーという人物の卒倒。吐き気を催すほどの悍ましい事実に気がついたレイルスは顔を嫌悪に染め上げる。地下を見ていないためなんとも言えないが、ホビホビなんて名前からこの国の中で連想できるものはたった一つ、おもちゃだけだ。人間に戻るという発言から、おおよその見当はつけられる。おもちゃに命を宿す能力よりはよっぽど理解はできるが、それでも国に上陸して目にしたあれだけのおもちゃが全て元から人間だったとなるとゾッとする。
レイルスの予想通り、コロシアムの映像にはおもちゃたちが人間へと変貌していく様が映し出されていた。混乱の様子から、進んで自らおもちゃとなった人間はいないのだろう。半ば強制的に姿形を変えられることの恐怖や怒りをレイルスは想像しかできない。それでもそれが惨たらしいことだということはわかる。混乱はコロシアムの中だけには留まらない。ドレスローザ全域にて、おもちゃ達が海賊に、旧ドレスローザ兵士に、海兵に政府の役人に。ドフラミンゴにとって都合の悪い、当時その場に居合わせた人間達が次々に元の姿へと戻っていく。
途端に通信用の電伝虫が一斉に鳴り出す。それだけドレスローザという国はおもちゃの奴隷達によって多くの労力が賄われていたのだ。スートの間にあるドレスローザを一望できる窓をドフラミンゴが乱暴に開く。レイルスの耳には何も聞こえてこなかったが、見聞色の使えるものにはしっかりと国民達の声が届いた。ドフラミンゴは目にせずとも予想ができているのだろう、顔を歪めて頭を抱えている。この10年でドフラミンゴもこの最悪の想定をしなかったわけではなかった。万が一にもシュガーが殺された場合、国中のおもちゃが人間へと戻る。だからこそ、その場合を考えて核となるSMILE工場にはおもちゃを一体も配備していないのだ。そうして備えてはいたもののこの最悪の事態を避けたかったのも事実、想定以上の混乱にドフラミンゴは怒りで震える呼吸を細く吐き出した。ドフラミンゴの静かな怒りをローは冷静に観察する。こうも簡単に崩れる男ではないということを、ローは痛いほどに知っていたからだ。そしてローの憎しみもこの程度で晴れるものでは全くなかった。
おもちゃにされる人間の記憶を、全ての人間から消し去る凶悪な能力。忘れられていた人間と、忘れた人間が国中に溢れ出す。人間に戻ったおもちゃ達の目の前には、これまで自分たちを奴隷のように扱ってきたドフラミンゴの部下。各地でおもちゃ達による反乱が起き始めるのは時間の問題だった。そして、この瞬間を誰よりも長く待っていたおもちゃがここにも一人。
「おい貴様!誰だ!」
「……キュロスか!!」
スートの間に躍り出た片足の男。ギラリと鋭い眼光をドフラミンゴに一直線に向け、男はリク王の呼びかけに強く答える。
「10年間、お待たせして申し訳ありません!!今!助けに来ました!!」
高く飛び上がったキュロスの姿がレイルスの目にも映る。片足であることなど微塵も感じさせないほど、高く舞い上がったキュロスは落下速度を味方にして全力で剣を振るった。
「真のドレスローザを取り戻しに来た!」
桜が舞うようにひらりと桃色の羽が舞う。ドフラミンゴの首が、キュロスによって両断される様をレイルスの金色の目が映していた。
投稿日:2022/0902
更新日:2022/0902